《★~ 蒼色月の害悪(三) ~》
観客の多くは、「審判役から注意を受けている方の参加者が、指示に従って退場するに違いない」と考えたけれど、その推察が外れてしまう。
皆が視線を注ぐ円形内の少女は、機械人形から杖を受け取って右手に持ち、左手を使って機械人形の右腕を掴む。
これを見たキャロリーヌが思わず口を開く。
「ヴィニガ子爵さんがお考えになったのと同じ方策を、あのお方も、自身で思いつかれましたのね」
「どうやらそのようです」
「けどパースリさんよお、あんな構えで、まともに戦えるのですかい?」
「ボクには分かりません。でも、少なからず勝算があるのでしょう」
キャロリーヌたちは、再び息を飲む。
別の観覧席にいるパイクとジャムサブレーも、この状況に注目していた。
「やっと見つけたわ! あれは紛れもなく機械人形よ」
「ああ、オレにも分かるが、どうするつもりだ?」
「今は大人しく成りゆきを見守る他、なんら術がないわ」
「確かにジャムサブレーの言う通りだ。ここは一つ、小娘が人形を操ってどう戦うのか、じっくり品定めをしようじゃないか。わっははは!」
色々な思惑が渦巻く中、手合わせが開始した。
デセールは、機械人形と横並びで立ったまま、杖を水平に持ち上げる。相手の女も太刀を構えて、攻撃の機会を窺っている。
一分刻ばかり睨み合いが続き、ようやく太刀の使い手が動く。
この時、デセールが握る杖の先端から、蒼い光が放たれた。相手は咄嗟に横へ身をかわそうとするけれど、蒼の光線が綺麗な曲線を描き、後方から彼女の頭部に命中した。
太刀使いの女が倒れて動けなくなり、審判役の代表が決着を告げる。
パイクは、思わず称賛の言葉を発する。
「小娘、やるじゃないか!」
トロコンブ遺跡で機械人形に遭遇したことのあるキャロリーヌやオイルレーズンたちは、杖から出たのが赤熱光でなく、どうして蒼色なのかと少なからず不思議に思うけれど、口には出さない。
勝利したデセールが、機械人形を連れて二列縦隊の最後尾へ向かう途中、周囲の女性たちから、次々に抗議の声を浴びせられる。
「あんな卑劣な攻撃、規則違反ではないかしら?」
「きっと魔女族なのでしょう」
「蒼色月の害悪を起こす者に違いない!」
十人の審判役が駆けつけて混乱を収めるけれど、どういう訳か、デセールは列を離れてしまう。
この一部始終を見守っていたパースリが、おもむろに立ち上がる。
「急用があるのをすっかり忘れていました。誠に残念ながら、ボクと妻は、これにて失礼させて頂きます」
「きっと大切なご用でしょうし、お気になさらず」
言葉を掛けてくれたサトニラ氏を前にして、パースリが一礼してから、ロッソを伴って特別観覧席を後にする。
甥子の意図するところを察したオイルレーズンが、ゆっくり小麦茶を飲みながら、神妙な面持ちで口を開く。
「キャロルや、しばらくすればラムシュが眠りに就くじゃろうし、あたしらも、そろそろ帰るとするかのう」
「分かりましたわ」
ここへサトニラ氏が口を挟んでくる。
「おや、そちらのお嬢さんは、もうご就寝になるのでしょうか?」
「そうじゃとも。嘆かわしいことに、この子は、眠り病を患ってしもうてな、希少な薬剤を使った食事療法の効果で回復しつつあるが、それでも一日に五つ刻ばかりしか、目を醒ましておられぬ」
「お気の毒の極みです。早く全快なさるよう、お祈り申し上げましょう」
「ふむ」
オイルレーズンが腰を上げながら、言葉を重ねる。
「ショコラとシルキーは、せっかくじゃから、もう少しの間、手合わせの観戦を続けておればよかろう。あたしらは、パニーニ大旅館で待っておるからのう」
「へいへい、バッチリ了解ですぜ!」
「きゅい!」
こうしてキャロリーヌたちが、サトニラ氏に別れを告げる。
自ら敗北になることを選んだデセールは、叔父のブイヨン公爵と合流し、機械人形を連れて第一演習場から立ち去る。そんな彼女たちの後方、すぐ近いところまでパースリとロッソが迫っていた。
ジャムサブレーにしても、機械人形について話を聞き出そうと思い、急ぎデセールたちの追跡を始めた。パイクは、イベリコの手合わせが残っているので、観覧席に留まる。




