《★~ 蒼色月の害悪(二) ~》
ショコラビスケが、自身の太いお腹を擦りながらつぶやく。
「あれっぽっちの乾燥肉と乳酪巻き麺麭じゃあ、とても満足できねえ……」
「三人前でも少なかったのですね」
「おうよ。この俺さまにしてみれば、たったの半人前でさあ」
キャロリーヌの言った三人前は、あくまで人族の基準に過ぎない。
「ふむ。さほど多くを用意せぬかったのは、いつもの調子で食べ過ぎて、手合わせに支障をきたすと考えてのことじゃよ」
「もう抜け出しちまったから、そんな心配は無用ですぜ?」
「ならば、もっと購入すればよかろう。おお、あの棒を忘れてきたわい!」
行商を呼ぶために掲げる道具は、丸壺や茶碗などと一緒に、先ほどいた場所に放置している。
「私にお任せ下さい」
サトニラ氏が、懐から小笛を取り出して鳴らす。
音が小妖魔の集団に届き、彼らが、取るものも取りあえず、駆けつけた。
オイルレーズンは、小麦茶を丸壺で二つと、炙った烏賊と薄揚げ芋を四人前ずつ購入した上で、向こう側の観覧席に置いたままにした道具や食器類を回収しておくように頼む。
ショコラビスケが烏賊や芋を食べ尽くす頃、特別観覧席の下、すぐ近くの円形内に、機械人形を連れたデセールと、太刀を握る頑強そうな女性が入る。
キャロリーヌたちは、先ほどサトニラ氏から聞いた「興味深い戦い」が、いよいよ始まるのだと思って息を飲む。
しかしながら、パンゲア衛兵の一人がデセールに近寄り、機械人形が握っている杖を指差しながら話しており、手合わせは開始しない。
「あら、どうしましたのかしら?」
キャロリーヌが首を傾げた。
ショコラビスケの肩に乗っているシルキーは、審判役の発言を正確に掴めていたので、それを分かりやすく教えてくれる。
彼がキャロリーヌに伝えた内容を、人族や亜人類たちでも理解できる言葉にすると、「あのパンゲア衛兵は、機械人形を連れている少女に、《手合わせの参加者が機械人形を使って戦うのは構わないが、使われる方の機械人形が別の道具を使うのは規則違反だ!》と申し渡しました」のような意味になる。
利口なシルキーは、オイルレーズンが機械人形と錬金術者について伏せている事情を把握しており、この場にサトニラ氏がいるから、デセールの名前を出さずに、あえて「機械人形を連れている少女」と表現した。
サトニラ氏の顔面に、驚愕の気色が浮かぶ。
「私たちが持つ、このように大きな二つの耳ですら聞き取れない小声を、シルキー氏は容易く聞き取れるのですね。彼の耳は、どこにあるのでしょう??」
「耳孔は大きいのが羽毛に隠れておる。そればかりか、遠くの誰かが口に出す声を聞くだけでなく、口唇の動きからも、なにを話すか読み取れるのじゃよ」
「なんと、彼は読唇術の使い手だったのですね!?」
「きゅい」
「素晴らしい!!」
サトニラ氏の顔面は、いっそう大きな驚愕を表わす。
ショコラビスケが疑問を口にする。
「そもそもよお、機械人形が杖を使えば規則違反だってえのは、一体どういう訳ですかい?」
「道具を、いわゆる《入れ子式》で取り扱うからです」
「がほっ??」
「今の場合、相手の参加者は太刀を使えますが、その太刀は、なにか別の道具、例えば剣も槍も使えません。それなのに、あの少女が機械人形を使って、その機械人形が杖を使うと、対等な手合わせにならないのです。そんな入れ子を許してしまうと、参加者が機械人形を使い、その機械人形が別の機械人形を使い、そしてさらに別の機械人形を使う、というように、いくらでも使えてしまいます。これでは明らかに不公平でしょう?」
「おうおう、ようやく俺も得心できましたぜ!」
黙って聞いていたパースリが、サトニラ氏に問い掛けてくる。
「参加者が、複数の道具を使うのは認められますか?」
「認められます」
「つまり、あの少女が機械人形と杖を使っても、違反にならないのですね?」
「はい」
「それを少女に知らせましょうか」
「ヴィニガ子爵さん、なかなかに名案ですわ!」
キャロリーヌは嬉々とするけれど、サトニラ氏が頭を横に振る。
「他の者が助言を与える行為は禁止されています」
「それでしたら、仕方ありませんわ……」
キャロリーヌは肩を落とす。そして、パースリや他の者たちも、口には出さないけれど、デセールが戦わないまま敗北となってしまう状況を前にして、遺憾に思わざるを得ない。
一方、オイルレーズンだけは、手合わせのことよりも、「蒼色月の害悪」が気掛かりなのだった。




