《★~ 蒼色月の害悪(一) ~》
パンゲア帝国の最北部に広がるホットドッグ山岳地帯には、蒼鉄木と呼ばれる種類の樹木が生育している。それ自体が極めて重く丈夫だけれど、高度な錬金術による加工で、頑強の度合いを大きく増加させたものは、最上級の木材として、とても重宝される。邸宅を建築する際に中央の柱として使えば、邸宅全体をしっかりと支えて、いわゆる「大蒼柱」の役割を全うできるという。
そんな希少で高価な強化蒼鉄木が、特別観覧席に惜しみなく、ふんだんに使われている。パンゲア帝国王室が内外に威厳を示すには、まさしく打ってつけの設備になっているはず。
歓待と称して、この特別な席に招かれてきたキャロリーヌたちが、サトニラ氏に勧められ、上級要人椅子に並んで腰を下ろしたところ。
先ほどまで陣取っていた観覧席の三段目より低いものの、すぐ目前には、人族の女性に割り当てられた円形があって、手合わせを観戦するには絶好の箇所だと、砂粒の大きさすらも疑う余地がない。
サトニラ氏が、さも得意そうな気色で話す。
「オイルレーズン女史、並びに他の方々、もう少しばかり後になりましょうが、興味深い戦いが始まりますよ。おそらく誰もが、物語の中にしか見出せないと感じるような空想の産物を、目の当たりにできるのです」
「ほほう。物語の中にしか見出せぬような産物じゃと?」
「はい、その通りです」
「もしや、機械人形の一つでも、姿を現しよるのじゃろうか……」
オイルレーズンが、眉をひそめながらつぶやいた。
「えっ、まさか、どうして機械人形を連想なさったのでしょう!?」
「あたしゃ、サトニラさんが口にした言葉《空想の産物》から、遠い昔に読んだ物語を思い出したまでじゃわい。ふぁっははは!」
「そうでしたか。オイルレーズン女史は、誠に鋭い感性をお持ちですね。ご推察された通り、機械人形を操って手合わせに臨もうという風変わりな少女が、この催しに参加しています」
「おお、そうじゃったのか!」
わざと驚きを示すオイルレーズンである。
右隣りにいるキャロリーヌは、胸の内で「首領さまは、機械人形について、あくまでも伏せておこうとお考えですのね」とつぶやく。
ショコラビスケが左端の席から、こちらへ口を挟んでくる。
「サトニラさんよお、機械人形を使うだなんてこと、そいつは規則違反にならねえのですかい?」
「まったく問題ありません。ここで開催しています武術の競い会合は、剣でも槍でも好きなように使って、手合わせをするのです。人形を剣の代わりに使っても、規則に反しません」
「おう、そりゃあそうだぜ! サトニラさんに一本取られちまった」
「あなたはいつも通り、愉快なお方です」
「おうよ。がっほほほ!」
ショコラビスケは、釣り師の仲間と認めるサトニラ氏を相手に、今日もまた魚釣りについて語り合いたいと思っていた。
しかしながら、その希望は叶わない。サトニラ氏が、俄かに別の話題を持ち出すのである。
「ところでオイルレーズン女史は、《蒼色月の害悪》と呼ばれている噂話が広まりつつあるのを、ご存知でしょうか」
「それは一体なんじゃな」
「お耳に入れておられませんか。これが信憑性の方は、なかなかに怪しげでありますが、もしも真実であったなら、月系統魔女族でいらっしゃるオイルレーズン女史におかれましては、少なからず厄介かと……」
「兎も角、噂話の詳細を、教えてくれるかのう?」
「分かりました」
サトニラ氏は、この特別観覧席に集まった者たちだけが聞き取れるくらいにまで声を落として説明した。
最近、蒼色月の日に限って夜の帳が下りると、月系統の魔女が裕福な人族の住む邸宅に忍び込み、貴重な品目を盗み出したり、あるいは呪いの魔法を唱えたりする事件が、各地で起きているという。それがため、多くの人族が結託し、警護集団を作って巡回を徹底させようとする動きが顕著とのこと。
「魔女族と思しき女性が夜中に出歩いていれば、警護集団が見つけ次第、厳しく尋問するそうです。その者が月系統と判明した場合、袋叩きに遭わされるとか」
「ふむ。寝耳に冷や水じゃわい」
「本当におそろしい事態ですわねえ」
蒼色月の害悪に関する一部始終を聞かされたオイルレーズンとキャロリーヌは、思わず身震いせざるを得なかった。




