《☆~ 円形内の戦い(六) ~》
兎も角、シルキーの身に降り掛かる一難は去った。パースリとオイルレーズンの利かした機転が、うまく功を奏したお陰と言えよう。
それでシルキーは、パンゲア衛兵によって遮られた報告を続ける。アイスミント山岳で、ともに金竜と戦った錬金術者候補生のデセール‐ブイヨンが参加者の列に混じっており、しかも、どういう訳か、トロコンブ遺跡で遭遇した機械人形の姿も、すぐ近くにあったとのこと。
話を聞いたオイルレーズンは、胸の内で「デセールがきておるのなら、おそらく彼女の叔父も一緒じゃろう」とつぶやき、背後を見渡したところ、推察した通り、五段目の席上、なに食わぬ顔でアントレ‐ブイヨンが鎮座していた。
横からパイクが、怪訝そうな表情で問い掛けてくる。
「後方に、なにか気掛かりでもありますか?」
「知り合いを見つけたまでじゃわい。ふぁっはは!」
「そうですか。まあオイルレーズン女史ともなれば、お顔も広いでしょうし、知人の一人や二人がきていても、驚くに値しないでしょうなあ」
「ふむ」
機械人形が参加している件について、パイクとジャムサブレーも、そのうち気づくかもしれない。オイルレーズンは、わざわざ教える必要はないと判断を下し、この場で話題にしない。
丁度、パイクが一推しするイベリコ‐パエリアというドリンク軍の一等兵員と、大弓を手に持つ長身の者が、人族男性の円形内へ進む。いよいよ待ち詫びていた手合わせが始まるとあって、パイクの注意は、そちらへ向かった。
隣りの席からジャムサブレーが釘を刺す。
「長官殿、応援は規則で禁じられていますからね?」
「念を押されなくたって、重重に承知だ! しかし、この戦いを面白くするために、相手へ励ましの声を送ってやれないのは残念だなあ。わっははは!」
イベリコは、紛れもなく大剣の達人だった。大弓の使い手は、一度も矢を当てられないまま、ついに降参の言葉を吐いてしまう。
あっけなく決着を迎えたので、パイクは拍子抜けする。
「もう終わったか。まったく見ごたえのない手合わせだなあ」
「ふむ。イベリコとやら、なかなかの腕を持っておるわい」
「そうでしょう。わははは!」
「あの者が一番手となり、帝国に婿入りしてもよいのか」
「ううーん、悩ましい状況ですが、当の本人が望むのであれば、オレとしては、快く送り出してやります」
「ほほう。そうなれば、さぞかし大きな損失であろう?」
「イベリコが去ってしまうのは、確かに痛惜の至りですが、強い兵員なら、ドリンク軍には五万と揃っていますからね。わっははは!」
突如、剃髪姿の男が現れる。
その姿に気づいたキャロリーヌが、真っ先に声を掛ける。
「あら、サトニラさん!」
「ようこそお越し下さいました。皆さまの歓待に先立ち、まずは一つ謝罪がございます。オイルレーズン女史、並びにシルキー氏には、衛兵の一人が大変な失礼を働いたそうで、このバトルド‐サトニラが代わってお詫び申し上げます」
「なんのなんの。誤解が消えればそれでよい。ふぁっははは」
「その温かいお言葉、骨身に沁みます」
腰を低くして頭を下げるサトニラ氏だった。
ここへショコラビスケが割り込んでくる。
「サトニラさんよお、歓待ってえのは、一体なんですかい?」
「今から特別観覧席を設けるところです。上級要人椅子をご用意しますので、仕度が整いましたら、皆さまには、お移り頂きましょう」
「おうおう、そいつは楽しみでさあ。がほほ!」
「では少々お待ち下さい」
サトニラ氏は、一礼してから立ち去る。
竜族男性に割り当てられた円形内で、パンゲア衛兵たちが、大きな木材を運び込んでおり、それらを積み上げて、観覧席が造られている。
「ふむ。竜族の参加者は、人数を大幅に減らしてしもうたから、男女で同じ円形を使うことにしたようじゃわい」
オイルレーズンの言葉通り、先ほどまで竜族の女性が使っていた領域で、竜族男性の手合わせが始まる。
それから十五分刻ばかりが過ぎ、キャロリーヌたち一行は、再び現れたサトニラ氏に連れられ、完成したばかりの特別観覧席へ向かう。
一方、パイクとジャムサブレーは丁重に辞退し、腰を上げなかった。




