《☆~ 円形内の戦い(五) ~》
周辺を見回していたジャムサブレーが、突如、「あら」と発する。彼女が視線を注ぐ先に、ショコラビスケがひょっこり姿を現す。
そちらへ向かって、オイルレーズンが言葉を掛ける。
「空腹に耐えかねて、抜け出してきたのじゃな」
「仰せの通りでさあ! 飯抜きなんて、やってられねえ。がほほほ!」
「昼餉は、こちらに用意してありますわよ」
「おうおう、キャロリーヌさん、ありがたいぜ!!」
ショコラビスケは、空いている席に腰を掛け、乾燥肉と乳酪巻き麺麭を、次々と口の中に放り込む。
そんな彼の嬉々とする顔面を目の当たりにしたことで、キャロリーヌは少なからず安堵感を得られた。
円形内の戦いは続いているけれど、竜族と獣族の参加者のうち、それぞれ三十人ばかりが二列縦隊を離脱している。その一方で、人族の列から離れる者は、ほとんどいないようだった。
「マトンさんは、お抜け出しになりませんのかしら?」
「あの男なら昼餉を食さずとも平気とは思うが、念のため、シルキーに様子を見てきて貰うとするかのう?」
「そうですわね。是非、お願いしましょう」
「きゅい!」
シルキーは、軽快に空へ飛び立った。
一部始終を見守っていたパイクが、おもむろに口を開く。
「先ほどからやり取りを窺っていましたが、どうやらオイルレーズン女史は、鳥類と会話ができるようですね」
「その通りじゃけれど、相手が誰かにもよる。シルキーとは、かれこれ十年のつき合いでな、彼の話す言葉なら、寸分の狂いもなく理解できるわい」
「あの白頭鷲の方も、オイルレーズン女史やキャロリーヌ嬢の言うことが理解できているのですね?」
「彼が魔女族の言葉を、どのように言葉として理解しておるかは不明じゃよ。それでも、あたしらの胸に抱く気持ちを察しておる」
「いやはや、たいした白頭鷲です……」
パイクは、すっかり感服する。
「利口なだけでなく、とっても勇敢ですのよ」
「確かに彼は、なかなかに勇ましい顔つきをしている」
丁度、昼餉の品々を食べ尽くしたショコラビスケが口を挟む。
「将軍さんよお、この俺さまの顔面だって、なかなかに勇ましいだろう?」
「口元に麺麭の屑をつけて言われてもなあ……」
「おうおう、これこそ男の勲章だぜ!」
ショコラビスケは、それを摘み取って口に入れた。
キャロリーヌが笑いながら言葉を掛ける。
「食べられる勲章ですわね?」
「仰せの通りでさあ。がっほほほ!」
他愛のない雑談をしているうちに、シルキーが戻って報告する。結局のところ、マトンは平然とした面持ちで、次の手合わせを待っているとのこと。
「さすがはマトンさんですわね。これでようやく、安心できますわ」
「ふむ。心配するまでもなかったようじゃ。ふぁっはは!」
丁度ここに、一人のパンゲア衛兵が近寄ってくる。
「その鳥を連れてきたのは誰だ!」
「ここにおる白頭鷲なら、あたしが連れてきた。シルキーという名じゃよ」
「鳥の名前なんてどうだってよい! そいつは規則違反を犯した! 処罰が必要だから、直ちに拘束する!」
怒鳴り散らすパンゲア衛兵を前にして、パースリが口を開く。
「規則違反というのは、一体どのような行為でしょうか?」
「我ら審判役と参加者を除き、あちらの円形の先は一歩も進めないのだ!」
「この白頭鷲が、一歩でも地面を進んだと仰るのですか?」
「そうだ、我らがそれを見た!」
「彼は、紛れもなく空を飛んだでしょうけれど、地面に脚をつけてなかったのではありませんか?」
「な、なんだお前、おかしな理屈を抜かすな!!」
衛兵の顔面は、まるで業火を放つかのようだった。
一方、オイルレーズンが冷静な口調でシルキーに尋ねる。
「地面を一歩でも進んだかのう?」
「きゅえ!」
シルキーは、キッパリと否定の言葉を返した。
しかしながら、衛兵には理解が及ばない。
「黙れ、神妙にしろ! その鳥は拘束だ!!」
「まあ少し落ち着いて聞くがよい。あたしは、パンゲア帝国で政策官長の任にあるサトニラ氏と知り合いでな、どうしてもシルキーを拘束するのなら、まず彼に相談して貰えるかのう?」
「ええっ、政策官長さまと知り合い?? 本当でしょうか!」
「もちろんじゃとも。規則に違反せぬかった鳥を間違いで拘束したとあっては、政策官長が黙っておると思うか」
「そ、それは……」
「どうしたのじゃ?」
「ははっ、急ぎ確かめてきますですっ!」
衛兵は、頭を一つ縦に振ってから、速やかに走り去る。
 




