《☆~ 円形内の戦い(四) ~》
二人の少女を前にして、審判役は険しい表情を崩そうとしない。
「困るのは、お前らではなく我らの方だ! 定められている規則を厳重に守らせなければ、我らの失態となるのだ!」
「失態ですの!?」
「そうだ、もちろんだ! パンゲア帝国王室に仕える我らにとって、失態に対する咎は極めて重く、場合によっては首を跳ねられる」
「まあ、それはお可哀想ですわ!」
「だから規則を守ってくれ」
「分かりました。あたくしたちに代わって、人族のマトン‐ストロガノフさんとショコラビスケという竜族の男性に、昼餉の品々をお届け願えませんこと?」
「それもできない。すべてが規則なのだ!」
審判役が断固として拒んだ。
それでキャロリーヌは、このまま話を続けても無駄だと悟る。
「仕方ありませんわね。ラムシュさん、戻りましょう」
「うん」
二人は渋々ながら、きた道を引き返す。
観覧席では、オイルレーズンが怪訝そうに口を開く。
「竜族の男どもが並んでおるところで、なにやら騒ぎがあるようじゃわい。シルキーや、偵察を頼めるかのう?」
「きゅい!」
快諾の声を発するや否や、颯爽と飛び立つ白頭鷲である。
丁度ここに、キャロリーヌとラムシュが戻ってきた。
二人が落胆した様子でいるものだから、オイルレーズンは、眉をひそめながら問い掛ける。
「どうかしたのか?」
「円形の向こう側へ行こうとしましたところ、パンゲア衛兵のお方に遮られてしまいました」
「それがため、マトンたちに昼餉を渡せぬのじゃな」
「はい。審判役と参加者の他は、一歩も進めない規則だそうです」
「なんとも奇妙で非道なことじゃわい……」
呆れ果てるオイルレーズンを前にして、キャロリーヌが詳しく説明した。
パンゲア衛兵は、なにも意地悪をしたくて通行を許さなかった訳ではなく、その規則を遵守させないと彼らの命が危ないから、彼らにしてみれば、やむを得ずしているのだという。
「帝国王室に背けば処刑される。逃げ出すのも、困難に違いあるまい」
オイルレーズンは、しみじみと話した。
横で聞いていたパイクが口を挟む。
「苦しい立場にあるパンゲア軍の兵たちにとっては、たしかに災いだ。しかし、そんな命令をおかしいと思わないようなら、彼らにも少なからず罪悪がある」
「そうですのね……」
キャロリーヌは、胸の内で「理不尽でしかない事態ですわ」と、つぶやかざるを得なかった。
この時、シルキーが偵察から舞い戻り、オイルレーズンに状況を報告した。
竜族男性に割り当てられた円形内が騒がしかったのは、二列縦隊に並ぶ者たちのうち数名が、どこかに食事処でもないか探しに出掛けようとしたところ、パンゲア衛兵の一人が、「列から離れた者は敗北だ!」と通達した。それに端を発して多くの竜族が憤り、審判役との間で、いわゆる「押し問答」になっているという。
「あらまあ、それは大変ですわね! ショコラビスケさんは、どうなさっておいでなのでしょう?」
キャロリーヌは、心配そうな表情で尋ねた。
これに対して、シルキーが見たままを答える。いつも温厚なショコラビスケにしては珍しく、怒り心頭に発して、繰り返し「昼餉を食わせろ!」などと叫んでいたとのこと。
オイルレーズンが落ち着いた口調で問う。
「行商を呼んで購入すればよかろう?」
「きゅえ」
シルキーは否定の言葉を発した上で、「どうやら、それすら許されていないようです」という意味の説明を続けた。
そしてパースリが、おもむろに口を開く。
「これでは、規則ずくめの催しですね。なにか打つ手はないものでしょうか?」
「簡単な理屈だ。勝ち残りたいと思うなら、食事の一度や二度を抜いてでも耐えなければならない。それくらいの根性がない者はパンゲア軍に必要ないと、帝国王室は考えているのだろうなあ」
パイクは、さも平然と言ってのけた。
対するパースリは納得できず、思った通りを口に出す。
「それにしても、あまりに無茶ではありませんか」
「ふむ。ドリンク民国軍でも、同じような方針かのう?」
オイルレーズンがパイクに尋ねた。
「オレたちも、訓練を終えるまでは食事をしない」
「茶の一杯すら飲まぬのか?」
「はい。茶も水も、決して口にしません」
「パースリの言うように、まったく無茶なことじゃわい……」
再び呆れ果てたオイルレーズンである。
一方、キャロリーヌは、空腹に耐えているマトンとショコラビスケを気の毒に思うあまり、胸を痛めてしまうのだった。




