《☆~ 円形内の戦い(三) ~》
人族の男性に割り当てられた円形内でも、審判役の代表者が決着を告げた。その光景を見たキャロリーヌが、先ほどと同じように、一つの疑問を口にする。
「まだ十分刻が過ぎていませんのに、どうしましたの!?」
今度もまた、即座にパースリが答える。
「開始してから一度も攻撃のないまま三分刻が経過した場合、審判役の代表者が、二人とも敗北という判定を与えるのです」
「あら、そのような規則もありますのね。あたくし、知りませんでしたわ」
隣りの席で、オイルレーズンがつぶやく。
「いざ開始となり、どう戦えばよいか、戸惑ってしもうたのじゃな」
「戦う意欲を出せない者は、一切参加しなければよい!」
パイクは憤りを隠せなかった。
そんな彼に、横からオイルレーズンが問う。
「将軍さまは、なぜ参加せぬのじゃな」
「この催しでは、人族男性のうち一番手になるとパンゲア帝国女王の婿に選ばれることを、オイルレーズン女史はご存知でしょうか?」
「どうやら、そうらしいのう」
「相手が誰でも、このオレには勝算があります。しかし、第二大隊の長官を務めるオレは、ドリンク軍を離れる訳にいきません。他国へ婿入りするなど、とうていできないのです。先日もジャムサブレーを相手に、まったく同じ話をしたばかりですが、その際、彼女から《手を抜いて戦えばよいのでは?》と尋ねられました。そんな不名誉だけは、誰が許そうと、このオレの誇りは許しません!」
「ふむ。パイク殿の戦いぶりを見たかったのじゃが、そういう事情とあっては、やむを得まいのう。ふぁっはは」
この時、シルキーが、唐突に鋭い声を発する。
「きゅい!」
「どうなさいまして?」
キャロリーヌが驚いて問い掛けた。
シルキーの視線は、こちらから三つ目の円形に向いている。その理由を、オイルレーズンが真っ先に悟る。
「次の手合わせで、ショコラが戦うようじゃわい」
「そうしましたら、あちらの近いところで観覧しましょう!」
キャロリーヌが意気揚々と立ち上がり、竜族男性が戦う円形の前へ向かう。オイルレーズン、ラムシュ、シルキーも後に続く。
パースリとロッソは、「大勢が揃って動くと、周りの方々に迷惑を掛ける」と考えたので、そのまま席に留まった。
パイクとジャムサブレーも、まったく動こうとしなかった。彼らの場合は、ただ単にショコラビスケの手合わせに興味が湧かないだけのこと。
キャロリーヌたちは、竜族男性に割り当てられた円形の近くに移動し、空いている席に陣取る。
手合わせは始まったばかりだけれど、既に戦いの形勢が、ショコラビスケに有利な方へ、大きく傾いていた。相手の竜族は、立て続けに拳を食らったがため、いわゆる「戦意喪失」の状況に陥り、結果は誰の目にも明らか。
開始から一分刻も過ぎないうちに、審判役の代表者が決着を告げた。
「ふむ。相手が、あまりにも弱かったようじゃな」
「首領さま、ショコラビスケさんが、お強過ぎたのですわ」
「おお、キャロルの言う通りじゃわい。ふぁっははは!」
この後も一同は観戦を続けた。マトンが順番を迎え、皆から注目される中、あっという間に、彼の勝利が決まる。
それから六つ刻になったけれど、手合わせは中断しなかった。
キャロリーヌが、さも心配そうに口を開く。
「参加しておられる方々は、お食事をできませんのかしら?」
「待っておる間、列に並んだままで食すのじゃろう。購入しておいた品を、彼らに届けてやらねばなるまい」
「あたくしが持ってゆきますわ」
「ならば頼むとしよう」
「はい」
キャロリーヌが、小麦茶の入った丸壺と二つの茶碗を手に取ってから、一人では難しいと分かったので、ラムシュに助けを求める。
「手伝って下さらない?」
「いいよ」
ラムシュは快く返答した上で、乾燥肉と乳酪巻き麺麭がいくつかずつ載っている皿を二つ持った。
まずは、マトンが並んでいる二列縦隊のところへ向かおうとする。
しかしながら、パンゲア衛兵の一人が両手を広げて、彼女たちを遮った。
「我ら審判役と参加者を除き、この先は一歩も進めない」
「どうして進めませんの!?」
「武術の競い会合で定められた規則なのだ!」
「まあ、それは困りましたわ。あたくしたち、お仲間のところまで、昼餉の品々をお運びしたいのに……」
キャロリーヌが穏やかな口調で、遠慮がちに苦情を申し立てるのだった。




