《☆~ 円形内の戦い(一) ~》
他愛のない雑談をしながら、手合わせの開始を待っているところ、行商を営む小妖魔の集団が回ってきた。
オイルレーズンが呼び止め、小麦茶を丸壺で二つと、昼餉のために、取りあえず十人前ずつ、乾燥肉と乳酪巻き麺麭を購入しておく。
行商の隊長が、お代を受け取った上で、釘を刺してくる。
「壺、碗、皿、済みゃ、お返しくんさい」
「分かっておるわい」
「もっと欲しきゃ、お知らせくんさい」
「これで足りぬかったら、そうするとしよう」
先端に赤い布が結ばれた木製の棒が、オイルレーズンの手に渡る。行商を呼びたい場合に、高く掲げて合図を送る道具だという。
小妖魔たちが別の席へ向かった後、入れ替わりで、男と女が近づいてくる。他でもなく、ドリンク民国のパイク‐プレイト、並びにジャムサブレーだった。
「やあヴィニガ子爵、もうきていたのだなあ!」
威勢のよい声を掛けられたパースリは、座ったまま一礼して言葉を返す。
「先日はどうも」
「こちらこそ。おほほ」
「おやおやっ!」
パイクの視線は、パースリの頭よりも先に向けられている。
「そちらの面面は、ヒエイー山の麓でお目に掛かった、オイルレーズン女史とキャロリーヌ嬢ではないか! こんな場所で、思い掛けず淑女たちと再会を果たせようとはなあ。わっははは!」
パイクとジャムサブレーは、オイルレーズンの右横に腰を下ろす。
ロッソが、隣りにいるキャロリーヌの耳元で囁く。
「お知り合いでしたのね」
「ええ、少しばかり」
「この男は、ドリンク民国軍務省のプレイト将軍さまじゃよ。以前、自分からキャロルに求婚しておきながら、その直後、他家に婿入りはできぬという理由で尻込みをして、婚約は反故になってしもうた」
「それは、誠に残念でしたねえ」
思わず心痛の気色を見せるロッソ。
その一方で、パイクが頭を掻きながら、苦言を呈する。
「オイルレーズン女史、そんな昔の話、わざわざ持ち出さないで下さい」
「まだ数ヶ月しか、経っておらぬわい。ふぁっははは!」
「これは参ったなあ……」
パイクは困窮の態度を示した。
現場に用意された円形の向こう側では、参加者が続々と集まってきて、三類族の男女別で二列縦隊を形作っている。審判役を務めるために、十人ずつのパンゲア衛兵が、円形を囲むように立つ。
オイルレーズンがパイクに尋ねる。
「ドリンク民国軍の者は、参加するのか?」
「一人だけ、オレの第二大隊にいる若い男を選抜しました。イベリコ‐パエリアという人族で、大剣を持てば向かうところ敵なしの腕前です」
「手合わせの相手がマトンじゃったら、さぞかし面白くなるわい」
「もちろんイベリコが勝ちますよ。わっははは!」
丁度この時、六つある円形内で、それぞれ一番目の戦いが始まる。
応援の声は禁じられていることもあって、観覧席の皆が息を飲み、目前で繰り広げられる手合わせの進行を見守った。
一分刻が経つ頃、キャロリーヌが思わず口に出す。
「あっ、槍のお方が勝利なさいました!」
彼女の視線が向けられた円形内の中心辺りに、やや太った人族が棍棒を握り締めたまま倒れており、近くに立つ相手の男性は、槍を繰り返し高らかに掲げ、喜びを表現していた。
パイクが、そちらを眺めながら意見を述べる。
「棍棒使いの男は動きが鈍い。あれでは負けて当然だ。勝った方の槍も、このオレに言わせれば、まだまだ未熟で、まったく片腹痛い」
「あら、お腹痛ですのね。すぐに薬剤を服用しませんと」
「いや違うぞ! そんな意味ではない!」
これに対して、オイルレーズンが説明を与える。
「キャロルや、パイク殿の言った片腹痛いは、笑止という意味じゃよ」
「まあ、そうですのね。あたくし、とんだ勘違いをしてしまいましたわ。お恥ずかしい限りです……」
キャロリーヌは、頬を真っ赤に染めた。
この様子を目の当たりにして、パイクの胸中が激しく揺さぶられる。
「やはりキミこそ、可憐な乙女だ!」
「プレイト将軍さま、どうなさいまして?」
「つまり、このオレのだなあ」
パイクは、再びキャロリーヌに求婚の言葉を伝えようとした。
しかしながら、ジャムサブレーからの横槍が入る。
「長官殿、冷静になったらどう?」
「ああ、それこそ今のオレに必要なのだと、オレも気づいた」
辛うじて平常心を取り戻したパイクは、胸の内で、「全身全霊、手合わせのみに集中だあぁ!」と叫び、自身を戒めるのだった。