《★~ 武術の競い会合(十) ~》
昼餉の料理は、総員が賛同して、パンゲア銀毛牛しゃぶ鍋に決まった。
それはオイルレーズンの話していた通り、最高級と呼ぶに値する逸品で、皆は心ゆくまで堪能した。シルキーには、生のままで肩肉の薄切りが与えられたけれど、慎ましい彼にしては珍しいことに、お代わりを望んだ。
ショコラビスケに至っては、食べ過ぎて動けなくなった。それにも懲りず、夕餉の際に、二十枚の厚切り牛肉をお腹に収めて、またしても苦しむのだった。
このパニーニ大旅館で一夜を明かしたキャロリーヌたちは、立食形式と呼ばれる斬新な朝餉を済ませる。そして四つ刻半、貸し馬車に乗り込み、パンゲア帝国王室に向かって出立した。
十分刻ばかり進んだところ、馭者を務めるマトンが口を開く。
「ラムシュ、右側の窓から、帝国王室が見えるよ」
「わあ、本当に凄い!」
あまりにも大きいため、建物の全貌を見渡すことは叶わないけれど、白銀に輝く煉瓦の壁を目の当たりにするだけでも、その美しさに、ラムシュは感服せざるを得なかった。
横からオイルレーズンが口を挟む。
「このパンゲア帝国では、昔から家や施設を造る際に、高さや幅をパニーニ大旅館より大きくしてはならぬと決められておってな、それがため、王室の建物が一番に大きいという状況が続いておるのじゃよ」
「もっと大きい家を造ったら?」
「問答無用で取り壊され、家の所有者は、首を跳ねられてしまうわい」
「えっ、なんとおそろしい!」
思わず身震いをするラムシュだった。
馬車がさらに走り、帝国王室の敷地へと通じる入場門の前で停まったところ、たちまちにして、四十騎で編成されたパンゲア衛兵の小隊が集結してきた。
先頭にいる、臙脂色の外衣を纏った小隊長が、お馬の背中に乗ったまま近寄って、マトンの顔面および背中の剣を、交互に睨みながら話し掛けてくる。
「痩せ馭者、なんの用だ?」
「武術の競い会合に、参加しようと思ってきました」
「後ろにいる連中も皆、そのつもりか?」
「いいえ。僕と竜族の男を除いた者たちは、見物を望んでいます」
「よし。我らについてこい!」
小隊長が、彼のお馬を駆けさせる。他の騎兵たちは、馬車を取り囲んだ上で、マトンに発車を促す。
敷地内を、ゆっくりと五分刻ばかり進んだところ、地面が綺麗に均されている、広々とした現場に辿り着いた。
馬車の中で、オイルレーズンが囁く。
「ここがパンゲア帝国軍の第一演習場じゃよ」
「沢山の人たちが屯しているわ」
ラムシュの言う通り、パンゲア衛兵団に混じり、軍服を着ていない人族および亜人類も、大勢が辺り一帯にいるのだった。
「全員、さっさと降りろ!」
「分かりました」
マトンが軽やかに下馬する。
彼に続いて、シルキーを肩に乗せたショコラビスケ、キャロリーヌ、オイルレーズン、ラムシュ、パースリとロッソの順で地面に降りた。
「武術の競い会合に出たいという二人、我と一緒にこい! 見物する者らは、観覧席へ案内させるから、ここで大人しく待機しておれ!」
小隊長に連れられて、マトンとショコラビスケが立ち去る。
キャロリーヌたちが指示された通り待っていると、女性の竜族兵が現れた。
彼女に誘われて辿り着いた場所に、土を階段のようにして積み上げる形で、観覧席が造られてあった。その横方向は、お馬の縦幅で百頭にも及ぶほど長く伸びており、六段目が一番上の席で、お馬の背丈だと三頭分の高さに位置している。ざっと見渡したところ、少なくとも三百人が思い思いの席に陣取っていた。
観覧席前の地面には、白い石を敷いて、六つの円形が描かれている。それらを指差しながら、竜族兵が説明する。
「こちらの端は人族の男性、次が人族の女性、そして竜族の男性、女性、獣族の男性、女性というように分かれ、それぞれ円形の中で手合わせをします。見物を希望の方々は、お好きな席で観覧して下さい。なお、応援の声は許されませんので、くれぐれもお静かに」
「承知したわい。ここまでの案内、ご苦労じゃった」
「どう致しまして」
竜族兵が軽く一礼し、歩いてきた道を引き返した。
キャロリーヌたちは、取りあえず、人族の男性が戦う円形の前、三段目の席に横並びで腰を下ろす。