《★~ 武術の競い会合(九) ~》
一同が客用の食堂に入ったところ、大きな丸い食卓の上に、茶碗や小皿、および匙の類が、既に並べられてあった。
丁度、もう一つの出入り口を通って、ロッソが台車を押してくる。そちらに視線を向けながら、パースリが説明する。
「妻が運んでくれているのは、羊羹と牛蒡茶です。どちらの品も、ドリンク民国で購入して持ち帰りました」
台車には、褐色のお菓子が盛られた平皿と丸壺が載せてある。
パースリは、平皿と菜箸を手に持ち、皆の小皿に羊羹を取り分ける。夫の後に続いて、ロッソが牛蒡茶を注いで回る。
見たことのない品を前にして、キャロリーヌが目を輝かせた。
「ヴィニガ子爵さん、羊羹というのは、どのように調理されますの?」
「羊の肉を細かく砕いて、甘い味をつけたスープで煮るのです。それを木の箱に流し込み、冷蔵で固めてから、こうして細長い形に切ります」
「まあ、そのような作り方ですのね」
「ボクも昨日、初めて知りました。兎も角、お食べになって下さい」
「ええ、もちろん頂きますわ」
キャロリーヌが匙を使って、羊羹を小さく刻んで食そうとする。
一方、ショコラビスケは、早くも、一切れを丸ごと口に放り込んでいた。
「がっほ!! こりゃ俺さまの好きな味わいだぜ!」
「喜んで貰えて、なによりと思います」
満足そうな笑みを浮かべるパースリだった。
そんな彼に向かって、オイルレーズンが言葉を掛ける。
「先ほどの話を、詳しく聞かせてくれるかのう?」
「はい。ボクが昨日、ドリンク民国で想定外に出会ったというのは、軍務省の第二大隊で長官を務められている軍人で、名前はパイク‐プレイトです」
「ほほう、あの男か」
「え、知っておられるのでしょうか!?」
「以前、一度だけ遭遇して、少しばかり話した」
「そうだったのですか。さすがはオイル伯母さんです」
「それほどでもないわい。ふぁっははは!」
一頻り笑った後、オイルレーズンは、茶碗の残りを飲み干した。
ロッソが、丸壺を持ち上げて問い掛ける。
「お代わりはいかかでしょうか?」
「貰うとしよう」
二人のやり取りを眺めながら、パースリが羊羹を一齧りする。そうして、朗らかな顔面で、体験談の続きを話す。
「ドリンク民国軍務省の建物には、《飲み過ぎ屋》という風変わりな愛称で親しまれている、なかなかに面白い食事処がありました。ジャムサブレー女史に誘われ、昨晩、一緒に飲み食いをした次第です」
「つまり、その食事処でパイク殿と対面したのじゃな」
「仰せの通りです。武術の競い会合が話題に持ち上がり、プレイト氏も、少なからず興味を抱いておられました」
「あの男は、参加すると言っておったか?」
「いいえ。ボクと同じように、傍観者として見物なさるそうです」
「ふむ。パイク殿は、偵察を目的にしておるのじゃろう」
オイルレーズンは、顔面をニヤリとさせながら、牛蒡茶を飲んだ。
・ ・ ・
本日は第九月の二十一日目、灰色月の日。
キャロリーヌたちが、アタゴー山麓西門を通過してパンゲア帝国に入った。いよいよ明日、武術の競い会合が開催される。
ラムシュも同行を希望して、この旅に加わっている。銀海竜逆鱗の服用を続けてきたお陰で、彼女は今のところ、一日のうち五つ刻ばかり起きていられる。
間もなく六つ刻を迎える頃、一行が、パンゲア帝国内で一番に豪華な宿屋として名高い「パニーニ大旅館」に到着した。
真っ先に馬車を降りたラムシュが、目を見張って感嘆の言葉を放つ。
「なんと大きな建物なの!」
「この国では、二番目の大きさじゃわい」
「ええっ、もっと大きいのがあるってこと!?」
「一番はパンゲア帝国王室じゃよ。この旅館の十倍よりも大きい。明日、目の当たりにできるでのう、楽しみにしておるがよい」
「うん!」
二人の会話に、ショコラビスケが割り込んでくる。
「建物が豪華なのは見りゃ分かるけど、美味いものは食えますかい?」
「もちろんじゃとも」
「どんなものでさあ?」
「食材は色々とあるじゃろうが、中でも格別なのは、最高級のパンゲア銀毛牛に相違あるまい。ふぁっははは!」
「がっほーっ!! 早速、そいつで昼餉にしましょうぜ!!」
嬉々とした顔面で、旅館へ駆け込むショコラビスケである。




