《★~ 武術の競い会合(八) ~》
医療省の職務をいつまでも放り出しておく訳にもいかないので、マカレルは、そろそろ帰らなければならない。
彼女が、ヴィニガ子爵家を後にする際、一つ助言を与えてくれる。
「今のラムシュさんにとって、生きがいを感じられるような習慣が必要なのだと思いますよ。お料理でなくともよいのです。なにか一つでも見つかれば、眠り病からの回復も、きっと早まるに違いありません」
この言葉を聞いたオイルレーズンは、皆で話し合っておくべきだと判断し、男性客用の寝室へ赴き、マトンとショコラビスケを客用の居間に連れてきた。
四人で円卓を囲み、まずオイルレーズンが口を開く。
「ラムシュの調理した茹で団子を食すに当たり、細心の注意を払う必要のあることを、あらかじめ伝えておくべきじゃった。それを怠ったがため、ショコラからの心ない一言によって、ラムシュは胸の内に、深い傷を負ってしもうた」
「俺は率直に、茹で団子の感想を述べたに過ぎねえでさあ?」
「生まれて初めて作った料理を、あろうことか《不味い》と言われたのじゃから、その衝撃は、相当に大きかったであろう」
「がほっ、この俺が悪いってえ訳ですかい!?」
ショコラビスケは、驚愕の気色を隠し切れない。
そんな彼を前にして、オイルレーズンが頭を横に振る。
「いいや違う。ショコラ自身が悪いというのでなく、ショコラの放った言葉そのものに、少なからず毒が含まれておったのじゃよ」
「まさか、あの言葉に毒があるとは、まったく思いもよらなかったぜ! この俺は取り返しのつかない過ちをしでかしたのか? どんな謝罪をすれば、ラムシュさんに許して貰えるのでさあ……」
すっかり肩を落としてしまった彼に、キャロリーヌが言葉を掛ける。
「ショコラビスケさんに悪気がなかったのは、あたくしも重重に承知しておりますわ。今はまず、ラムシュさんに元気を取り戻して頂くのが、大事ではありませんこと?」
「おうおう、キャロリーヌさんの言う通りですぜ!」
ここへマトンが口を挟んでくる。
「ようやく眠り病が治ってきているのに、心が病んでしまっては、あまりに可哀想だからね」
「そうですわね」
「でも、一体どんな方策で、ラムシュを元気づけるのだい?」
「先ほどマカレルさんから教わりました。なにか生きがいを感じられる習慣が見つかれば、回復も早まるに違いないと仰せですわ」
「うん、分かった。それなら、僕らもできる限りの手助けをしよう。ショコラも、そう思うだろう?」
「おうよ、せめてもの償いだぜ!」
ショコラビスケは威勢よく返答した。
そして、オイルレーズンが再び口を開く。
「兎も角、ラムシュには、これから色々と体験をさせてやるのがよかろう。そうすれば、あの子が興味を抱くような、なにかしらが見つかるに相違ないわい」
「だったら、今度パンゲア帝国で催す武術の競い会合に、ラムシュさんを、お連れすればいいでさあ?」
「あら、それは名案ですわねえ!」
キャロリーヌが真っ先に賛同した。
突如、ここへロッソが嬉々とした表情で現れる。
「たった今、主人が戻りました!」
「本当によかったですわ」
「はい! 早速、お茶の仕度をしようと思います」
ロッソは立ち去り、入れ替わる形でパースリがやってきた。
キャロリーヌたちが笑顔で迎える。
「ヴィニガ子爵さん、ご無事でなによりですわ」
「どうもありがとう」
「調査の方は、どうじゃったかのう?」
「環境庁に出向き、ジャムサブレー女史と面談できましたが、結局のところ、機械人形の行方は、まったく分かりませんでした」
「それは残念じゃったな」
「はい。けれども、想定外の出会いがありましたよ」
パースリは、少なからず目を輝かせている。
オイルレーズンが身を乗り出して問う。
「どのような者に出会ったかのう?」
「話の続きは、場所を変えてからにしましょう。ロッソが今、お菓子とお茶の用意をしていますので」
「ふむ」
こうして一同が客用の居間を出て、移動を始める。
途中、ラムシュのいる寝室に行って誘おうとしたけれど、彼女はぐっすり眠っているので、そっとしておくことにする。
客用の鳥小屋にも立ち寄って、中の様子を窺う。たった一羽、シルキーが退屈そうにしていたので、気の毒に感じたキャロリーヌが彼を連れ出す。




