《★~ 武術の競い会合(七) ~》
爛漫な顔面のパイクが、カティングボードに向かって、「おい爺さん、いつものを三人前だ!」と手前勝手な注文をする。
これに対して、ジャムサブレーは黙っていられない。
「主人、私は古古椰子果汁ね」
「へえへえ」
カティングボードは厨房へ向かった。
ジャムサブレーが、隣りのパースリに問う。
「ヴィニガさんは、お酒でよかったのかしら?」
「はい。是非とも頂きたいです」
「よおし、そうでないとなあ。ここの白麦酒は美味いぞ。わっははは!」
パイクは、お酒を飲む前から上機嫌だった。
その一方で、パースリがジャムサブレーに尋ねる。
「どうしてボクを、このような食事処に、お誘い下さったのでしょうか?」
「他でもなく、長官殿と引き合わせるためよ」
向かい側の席から、パイクが口を挟んでくる。
「ジャムサブレー、長官殿がなんだって?」
「なんでもないわ」
「そもそも、どうして彼を連れてきたのだ?」
「例の武術の競い会合、こちらのヴィニガさんも注目なさっておいでよ」
「おっ、参加するつもりなのか?」
パイクが目を輝かせるけれど、パースリは冷静に返答する。
「傍観者ですよ。全世界に、どのような影響が及ぶのか、注意深く見守る責任を感じています」
「ほほう、それも道理に違いない。だったらオレも、ドリンク軍を代表して、一つ高みの見物をしてやるか!」
パースリの言葉に触発される形で、パイクが武術の競い会合に興味を示した。
・ ・ ・
エルフルト共和国の中央、ヴィニガ子爵家で食事療法を続けているラムシュが、今日は五つ刻に目を醒ました。
キャロリーヌが、彼女に提案をする。
「昼餉の品を、調理してみませんこと?」
「してもいい」
「それでしたら、ラムシュさんには、茹で団子をお任せしますわ」
「うん」
二人は、意気揚々と調理場へ向かう。
やがて昼餉の仕度が万端に整い、一同が客用の食堂に集結して、大きな丸い食卓を囲む。
ショコラビスケが、並べられた品々を眺めながら口を開く。
「厚切り牛肉と茹で団子だぜ! 林檎麺麭もあるのかよ!」
「キャロルとラムシュが作ってくれたのじゃわい。感謝して頂くとしよう」
「おうよ!」
ショコラビスケが、五枚の厚切り牛肉を、あっという間に食し、続いて茹で団子を口の中へ放り込んだ。
「なんだこりゃ、味が薄くて不味いぜ!」
「へっ!?」
ラムシュが思わず驚嘆の声を上げた。
その一方で、苦情をつけた当のショコラビスケは、さも涼しそうな顔をして、林檎麺麭に手を出していた。
オイルレーズンが即座に言葉を掛ける。
「あたしには丁度よい味わいじゃよ。ショコラは酷く濃い味が好みじゃからな、気にせずともよい」
「……」
ラムシュは肩を落としてしまい、食事を終えるのだった。
七つ刻となり、医療大臣のマカレル‐ザクースカがやってきた。第一の目的は、眠り病のラムシュを診察すること。
客用の居間に通されたマカレルが、いわゆる「問診」を行う。
「今は一日のうち、どのくらい起きていられるの?」
「三つ刻くらい」
「回復は、順調に進んでいるようね」
「知らない」
「毎日を、どのように過ごしているかしら?」
「……」
黙り込むラムシュに代わり、キャロリーヌが答える。
「今日は一緒に、お料理をしましたの」
「それは望ましいことです。なにしろ十七年もの長い年月、お馬の姿だったのですから、これから人族として生きてゆくには、手に職を得る必要があります。お父上は、ローラシア皇国宮廷で一等調理官を務めておられたと聞いています。ラムシュさんも、調理官を目指すのね?」
マカレルが嬉しそうに尋ねた。
しかしながら、ラムシュは頭を横に振って「違う」と言い残し、客用の寝室に向かって走り去った。
「あら、どうしたのでしょう?」
「先ほど、昼餉の際に」
心苦しそうな面持ちで、キャロリーヌが打ち明ける。
「ラムシュさんは、懸命に茹で団子を作ってくれました。でもショコラビスケさんから、心ないお言葉がありまして、すっかり落胆なさったのです。決して失敗では、ありませんのに」
「山あり谷ありの人生ね?」
「仰せの通りと思います。ラムシュさんが元気を取り戻し、お料理をして下さればよいのですけれど……」
キャロリーヌは、涙を溢しながら話した。




