《★~ 武術の競い会合(六) ~》
パースリが、意気消沈した様子の面持ちで席を立った。一礼してから副長官室を出ようとしたところ、背後から、不意に呼び止められる。
「ヴィニガさん、ちょっと待って!」
「え、なんでしょう!?」
咄嗟にふり返り、ジャムサブレーの顔面を凝視する。
「たった今、名案を思いついたわ」
「へっ!?」
名案といっても、パースリにとって無益かもしれないし、場合によっては、害が及んでくることもあり得る。
兎も角、話を聞いてみないうちは、どちらへ転ぶのか、判断のしようがない。
「それはどのような?」
「とっても面白い食事処があったのよ。今夜、一緒に行きましょう」
「……」
「もしかして、都合が悪いかしら?」
「いえ、そうではありませんけれど」
少しばかり考え、「はるばるドリンク民国を訪れているのだから、帰国の途に就くのは、面白い食事処に立ち寄ってからでも遅くはない」という結論を得る。
「せっかくのお誘いですし、喜んでお受けします」
「おほほ。それなら十の刻に、もう一度きてくれる?」
「承知しました」
パースリは、環境庁事務所を後にする。
月系統の魔女族に関する悪い噂が気掛かりなので、詳しい情報を得られるかもしれないと思って、「約束の刻限まで街を散策してみよう」と決めた。
しかしながら、事件について、なんら手掛かりがないまま、十の刻まで残すところ十分刻になってしまう。
再び環境庁事務所に到着したところ、既に門番たちの姿はなかった。建物の前で待っていると、頭上から「ヴィニガさん、こっち!」という、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
隣りに立つ古びた建物の上方へ視線を向けると、三階層の露台に、こちらを見下ろすジャムサブレーの姿があった。
彼女が再び叫び声を発する。
「上がっていらっしゃい!」
「ええっと、その建物に入ればよいのでしょうか?」
「そうよ、中に階段があるから!」
「分かりました」
隣りの建物には、「軍務省事務所」と書かれた看板が、壁に設置されている。こちらも門番はおらず、扉が開いたままだったので、容易く入ることができた。
ジャムサブレーの言った通り、すぐ近いところに階段があるので、躊躇わず三階層まで上がった。
すると目前に、紛れもなく、食事処の光景が広がっていた。パースリは思わずつぶやく。
「古い建物の中に、こんなにも当世風な施設があるなんて……」
「おほほ。驚いたかしら?」
ジャムサブレーが、微笑みながら近寄ってくる。
「まったく仰せの通りです」
「私たちの席はあっちよ。さあ、行きましょう?」
「はい」
二人は最奥の卓へ向かった。
やや大柄な人族の男性が陣取っており、ジャムサブレーが話し掛ける。
「先ほど話した客人よ」
「ああ、よくきたなあ。オレは、ドリンク民国軍務省の第二大隊で長官を務めている、パイク‐プレイトだ!」
「どうも、お初にお目に掛かります。エルフルト共和国から参りました、全世界学者のパースリ‐ヴィニガと申す者にございます」
「まあ硬くならず、そこに座ってくれたまえ。わっははは!」
「……」
パースリは戸惑うけれど、黙ったまま、パイクと向かい合う席に着く。その隣りに、ジャムサブレーも腰を下ろした。
ここへ店主のカティングボードが、注文を伺うために現れ、少なからず嬉しそうに話し掛ける。
「全世界学者のパースリ‐ヴィニガさんにお越し頂き、誠に光栄でござります」
「えっ、ボクを知っておられるのですか!?」
「へえへえ、ヴィニガさんは、広く名の通ったお方でござります。知らんぷりの一つでもしようものなら、どんな処罰があるか分かりませんで」
「いえ、そんな……」
カティングボードとパースリを前にして、ジャムサブレーが苦言を呈する。
「嫌なお爺さん」
「え、どうして嫌なのです??」
パースリが率直に質問した。
ジャムサブレーに代わって、パイクが満足そうな表情で答える。
「この爺さんはなあ、初めてのお客に、決まって同じ台詞を浴びせ掛け、ぬか喜びをさせていやがる。困った趣味だ。わっははは!」
「それにしても、よくボクのことをご存知でしたね?」
「へえへえ」
笑みを浮かべるカティングボードの横から、パイクが口を挟む。
「爺さんがキミを知っているのは当然だ。なにしろ、ここへ初めて連れてくる者は、名前や地位を伝える決まりになっているからなあ」
「私も、同じように騙されたのよ。本当に嫌なお爺さんだわ」
「なるほど。つまり、仕組まれていたのですね」
パースリは、ようやく得心に至る。




