《★~ 武術の競い会合(四) ~》
こちらは、ドリンク民国軍務省の建物内、「飲み過ぎ屋」という異名を持つ評判の高い食事処。いつも厳しい訓練で疲れ果てたドリンク軍の兵員たちが詰め掛けるので、夕刻から夜の遅くまで、なかなかに賑わう憩いの場となっている。
丁度、第二大隊で長官を務めるパイク‐プレイトが、最奥の卓に陣取った。彼は毎晩のように、ここへ一人で通ってくるけれど、今宵は、珍しいことに、若い魔女族を連れている。
店主のカティングボードが、注文を伺うために駆け寄ってきた。この小妖魔は、少なからず嬉しそうに話し掛ける。
「環境庁の副長官さんにお越し頂き、誠に光栄でござります」
「あら、私を知っていらっしゃるの?」
「へえへえ、ジャムサブレーさんは、広く名の通ったお方でござります。知らんぷりの一つでもしようものなら、どんな処罰があるか分かりませんで。へへへ」
「まさかそんな。おほほ」
微笑み合う魔女族と小妖魔を前にして、渋面のパイクが苦言を呈する。
「おいこら爺さん、つまらぬ無駄口ばかりを叩いておらんで、いつものを、さっさと仕度しろ。今日は二人分だぞ!」
「へえ、承知してござります」
カティングボードがお辞儀をした上で、急ぎ立ち去る。
するとジャムサブレーは、怪訝そうな表情でパイクに問う。
「いつものというのは?」
「オレが必ず注文する白麦酒と烏賊の串焼きだ!」
「私は、お酒を飲みにきたのではありません」
「そうなのか。だが晩飯は食わねばなるまい。烏賊の串焼きだったら美味いぞ」
「どのようなお料理かしら……」
不安そうに首を傾げるジャムサブレーである。
「食えば分かるはずだが、もしかして、食う前に知っておきたいのか?」
「当然です。得体のしれないものを、口にはできませんもの」
「ならば教えてやろう。烏賊を輪切りで三つにして、木串に突き刺す。そして木の実の甘い汁と発酵豆油を塗って焼く。聞いただけで、美味そうに思えるだろう」
「そうね」
「よし、白麦酒がいらぬならオレが飲む。替わりに、古古椰子果汁でも注文しろ」
「ええ、そうしましょう」
ジャムサブレーは頭を一つ縦に振ってから、話題を変えようとする。
「先日の調査、残念ながら徒労に終わったわ」
「見つからぬか。だが、あれをパンゲア帝国軍が手中に収めでもすれば、厄介な事態を招くだろうなあ」
「その通りよ」
カティングボードが注文の品を運んできて、卓に並べながら尋ねる。
「プレイトさん、なんの密談でござります?」
「庶民が知っちゃならぬ機密だ。うっかり聞いてしまうと、どんな処罰があるか、分かったものでないぞ?」
「わあ、桑原桑原!」
あわてて逃げ出すカティングボードに向かって、パイクが怒鳴る。
「こら待て、注文の追加だ! 古古椰子果汁を一つ持ってこい!」
「へえへえ、承知でござります」
ふり返ったカティングボードが明るい顔を見せた。
ジャムサブレーは、小声でパイクに話す。
「時に、第二大隊の長官殿は、パンゲア帝国で開かれる武術の競い会合という催しを、知っておいでかしら?」
「もちろんだ。かの帝国で政策官長の任にあるバトルド‐サトニラから、軍務省にも通告があったからなあ」
「それに参加することを口実として、帝国の様子を探ってみてはどうかしら?」
「オレがか?」
「はい。槍術なら、自信がおありでしょうし」
「ううぅーん」
パイクは、一つ重い唸り声を発し、烏賊の串焼きを齧った。それから、白麦酒をぐびぐびと喉に流し込み、再び口を開く。
「勝ち残って人族男性の一番手になれば、女王の婿に選ばれるそうじゃないか。帝国軍の総大将も決して悪い地位ではないだろうが、やっぱりオレは、ドリンク軍を離れる訳にいかない」
「手を抜いて戦えばよいのでは?」
「おいジャムサブレー、戯けた冗句を言うものではないぞ。オレに与えられた《槍のパイク》という武勲の誉れを汚す振る舞いだ。そんな愚かしい真似、してなるものか! たとい大空と大地がひっくり返ったとしてもなあ!」
「そうですか……」
ジャムサブレーは、少しばかり呆れながら古古椰子果汁を飲む。




