《★~ 武術の競い会合(一) ~》
ここはパンゲア帝国王室の中、ボンブアラスカ女王の居室である。最高の堅牢さにして、揺るぎのない威厳で満ちた、まさしく「帝国王の間」と呼ぶに値する空間だと、見る者の誰もが感じるに違いない。
入ることを許されるのは、帝国女王の母であるベイクドアラスカの他に、ほんの僅かな側近に限られている。その中の一人、政策官長を務めるバトルド‐サトニラが、たった今、参上したところ。
「帝国女王ボンブアラスカ陛下、帝国女王の母殿下、ご機嫌麗しいご様子にございまして、祝着至極と存じます」
女王が単なる「替え玉」に過ぎないと承知しているけれど、それでもサトニラ氏は、平身低頭を続けなければならない。
玉座の近く、絢爛豪華な安楽椅子に陣取るベイクドアラスカが、冷たく険しい視線を浴びせながら問う。
「サトニラ、お腹痛はもう収まったか?」
「ずいぶんと楽になってきております。こうして参上できるくらいには」
「あははは、それは幸いであるぞ! お前の場合、魚釣りの腕を磨く前に、沼へ落ちぬよう、足腰を鍛えるべきではないのか?」
「はい。面目次第もございません……」
釣り好きのサトニラ氏は、しばしば帝国王室の敷地内にある黄土色湖畔に出掛けてゆき、趣味に興じるけれど、足を滑らせて泥沼に落ち、不浄な水を飲んでしまうという苦い経験を重ねている。昨日も、同じ失敗をしでかしたがため、酷いお腹痛に見舞われていた。
「なにも余は、お前に説教をしてやる目的で呼びつけたのでないことくらい、そのような頭でも分かるだろう?」
「重重に承知しております」
「ならば本題に入ろうぞ。これの婿は、いずれにせよ探さねばならぬ」
ベイクドアラスカが指差す玉座の上、少女は、一文字に結んだ口の形を、まったく崩そうとしない。自身が傀儡の女王である現実を、彼女が骨身に沁みて理解している証かもしれない。
サトニラ氏は、低い姿勢を保ったままで話す。
「紛れもなく、ご聡明なご判断に相違ありません。どのような方法で、婿殿下を選ぶのでしょうか?」
「それを決めるために、お前が呼ばれた。そうだろう?」
「御意」
「なにか、考えはあるか」
「では僭越ながら、少々お話しさせて頂きましょう」
サトニラ氏は、床につけていた頭を少しばかり上げ、意見を述べる。
「大動乱の起きてしまったせいで、衛兵団は、有能な隊長を数多く失い、深刻な事態に陥っております。その欠員を埋めるため、大々的に人材の確保を行いたいと思う次第です。つきましては、パンゲア帝国内の情勢が落ち着きを取り戻しつつある今こそ、最良の機会と存じます」
「衛兵団員の確保に託けて、帝国女王の婿選びを同時にやるという魂胆か?」
「ご明察、仰せの通りにございます」
「ふん。サトニラらしい、いかにも小癪な策を練ったものだ。しかし、余は、そんなやり方も、あながち嫌いではないぞ。あっははは!」
「お褒めの尊いお言葉、ありがたく頂戴致します」
サトニラ氏は、ベイクドアラスカを前にして、人材集めの方策を説明した。
衛兵団員を選ぶのだから、当然のこと、屈強であり、しかも剣術や槍術に長けた者がふさわしいのは言うまでもない。そこで、この剃髪姿の政策官長は、知恵を絞った結果、「武術の競い会合」を名目にして、腕に覚えのある人族や竜族を大勢呼び寄せるのがよいと考えついた。参加する者同士で手合わせをさせ、実力を見極めた上で勧誘するという計略で、特に一番の腕前を示した者を帝国女王の婿として選び抜き、さらにパンゲア帝国軍の総大将に据えるのである。
軍事力の回復も、大いに懸念する事柄の一つなので、サトニラ氏の考えに、ベイクドアラスカは喜んで賛同を決めた。
「よし、お前に任せるとしよう。すぐに始めよ!」
「承知致しました」
サトニラ氏が立ち上がり、頭を深く下げてから、速やかに立ち去る。
ベイクドアラスカは、ほとんど諦めていた「グレート‐ローラシア大陸を支配してやろう」という手前勝手な展望を、再び胸中に思い描き、しばらく悦に入る。その一方で、ボンブアラスカは、いつの間にか、玉座の上で眠りに就いていた。




