《★~ 呪詛されるメルフィル家(三) ~》
半刻ばかりが過ぎた頃、煙突掃除人は立派に仕事をやり遂げた。
その場に立ち会い、一部始終を見守っていたサブレーとアラモードは彼女たちの腕を認め、ローラシア皇国銀貨三枚を対価として与えた。それから彼女たちを、使用人が使っている浴場へ案内してやった。
黒い煤の汚れを洗い落とし、清潔な衣類に着替えた二人のうち片方が、浴場の外で待っていたアラモードに向かって話す。
「本日は手前どもに仕事をお与え下さり感謝致します。しかも浴場まで使わせて頂きました。つきましては公爵夫人さまに、業務遂行のご報告と感謝の気持ちをお伝えさせて頂きたく存じます。どうか、お取り次ぎを願えますでしょうか?」
「ええまあ、それもそうですね」
煙突を掃除させることに決めたのは、あくまで公爵夫人なのだから、この者たちは、依頼主であるマーガリーナに挨拶の一つすらせず帰ってしまう訳にもいかないのである。そのような道理を、アラモードは使用人として理解している。
だから煙突掃除人の希望通り、彼女たちを公爵夫人室の前まで連れてきた。
居室の扉を軽く叩いて声を掛けると、「お入りなさい」という返答があった。
それでアラモードが扉をゆっくり開いて居室内を覗くと、マーガリーナが赤ん坊を抱いて、あやしているところだった。
「どうしたの?」
「調理場の煙突掃除が終わりましてございます。それはもう、実に立派な働きぶりでしたので、銀貨三枚を与えてやりました」
「そうですか。ご苦労でした」
「はい。それでその、掃除人たちが、ご報告と感謝の気持ちを直接お伝えしたいと申しております。なにか言葉を掛けてやっては貰えませんでしょうか?」
「分かりました」
マーガリーナは、赤ん坊を乳児用寝台に横たわらせてから、出入り口まで歩いてきた。
煙突掃除人の一人が、極めて微かな声で「催眠状態」と詠唱した。
そして彼女は、なに食わぬ顔で話すのである。
「あちらのお子さまは、生まれてまだ一年にも満たない女子ですね?」
「ええ、その通りよ」
「ではその子が今後、お健やかに育たれるよう、祝福の祈りを捧げて差し上げたいと思います。公爵夫人さま、いかがでしょう?」
「あらそう。せっかくだから、頼むことにするわ」
マーガリーナは少しも疑うことなく、二人の煙突掃除人を居室内に迎え入れ、彼女たちに、赤ん坊が寝転がっている小さな寝台へ近づくことを許した。
突如、常に後ろで無言を貫いていた方の女性が、一歩前に出て詠唱する。
「雌の仔馬に!」
この者も、もう一人と同じように魔女なのである。
「ああっ!!」
マーガリーナが驚きの声を上げた。
それは無理もない。赤ん坊の姿が、一瞬にして白い仔馬に変わったのだから。
アラモードは出入り口で待機していたのだけれど、公爵夫人の驚嘆する声を聞くや否や、急ぎ乳児用寝台の前まで駆けつけてきた。
しかしながら、もう一人の魔女が、「失神」と詠唱する。
突如、マーガリーナとアラモードは意識を失い、その場で床へと倒れ込んでしまうのだった。白い仔馬も同じように気絶している。
「あっはっはっ! ドライドレーズンの娘が、ざまぁないわ! これぞ痛快の極みであるぞ。あっはははっ、あーっはははは!!」
赤ん坊を仔馬の姿に変えた魔女は、このように高らかと笑うのだった。
すると、もう一人が彼女に向かって冷静な口調で言う。
「妃殿下、サブレーという男が気づく前に、ここから去るのがよろしいかと」
「分かっておる。たとい気づかれようが、眠らせてやればよいではないか」
「はあ、ご尤もにございます」
「ふふふ。まあ用も済んだことであるし、お前の言うように帰るとしようぞ」
「はっ、承知致しました」
こうして二人の魔女は、メルフィル公爵家から立ち去るのだった。