《☆~ ハタケーツ大統領の演説 ~》
ハタケーツ大統領の目が猛禽のように鋭く、口は固く閉ざされている。この険しい面持ちを目の当たりにしたキャロリーヌは、胸の内で「やはり、進入禁止の地帯への立ち入りは許されませんのかしら」とつぶやく。
重々しい雰囲気の漂う中、オイルレーズンが言葉を重ねる。
「玉葱の皮なぞと違い、簡単には手に入らぬ代物だけにな、あたしらには、コラーゲンの他に、頼みの綱となる者がおらぬ」
「姉上の望みを叶えて差し上げたいのは山山だが、自らの手で署名した大統領令に背く行いを許したとあっては、体面を損なってしまうからなあ」
「それもその通りじゃな。無理を言って困らせる訳にはいかぬし、褒賞は、なにか別の望みを選ぶとしよう」
残念そうな表情のオイルレーズンに、ハタケーツ大統領が問う。
「特発性過眠症を治療できるのは、黄獏の皮だけですかな?」
「いいや違う。もう一つの特効薬として、銀海竜逆鱗が知られておる。そちらも同じく、手に入りにくい品目じゃよ。ふぁはは」
「姉上、それでしたら、確か医療省が保有しているはず」
「なんと!」
オイルレーズンが、俄かに目を輝かせる。
一方のハタケーツ大統領は、笑みを浮かべながら話す。
「早速、医療大臣に掛け合ってみよう」
「譲って貰えるのじゃろうか?」
「もちろん、そう考えています。ただし、極めて希少な品目だけに、元首といえども、僕の一存で決める事案ではないのです。国民が納得できるような形で、銀海竜逆鱗を進呈できればと思います。姉上たちは、ここでしばらく待機して下さい」
彼は清々しい表情で話し、颯爽と部屋を後にする。
十分刻ばかりが経ち、大統領の補佐役を務める政務官が現れ、「大統領からの言伝にございます」と説明した上で、羊皮紙を手渡す。
受け取ったオイルレーズンは、その文面に素早く目を通した。
「ふむ」
「首領さま、どのような言伝が書かれていますの?」
「大統領が明日、演説をするそうじゃよ」
「あら、そうしますと、この地に留まりますのね?」
「そうじゃとも」
キャロリーヌたちが迎賓館で一晩を過ごすこととなり、明日の七つ刻まで、シルキーに暇が与えられた。
馬車の寝台にいるラムシュは、一つ刻に目を醒ました際、こちらの部屋に移り、葱入り茹で団子を食してから再び眠りに就いた。
・ ・ ・
ポワロの中心地帯に位置する「ハタケーツ記念広場」は、演説を聞くために訪れた大勢によって、ほとんど埋め尽くされていた。
接待係の政務官が特別に取り計らってくれたので、キャロリーヌたちは、広場の中央に用意された、いわゆる「上級要人椅子」に座ることができる。
四つ刻を迎え、お馬の背丈で三つ分くらいの高さがある土塁の上に、ハタケーツ大統領が姿を見せた。
参列者たちが盛大な拍手を送る中、大統領が口を開く。
「僕には使命があります。僕の愛するエルフルト共和国の皆さんが健康で文化的な最上の生活を営める日がくるように、全身全霊で働くという使命です」
広場に喝采の声が広がった。
大統領は、明るい表情で話を続ける。
「昨日、ローラシア皇国から客人を迎えました。知っておられる方も多いだろうと思いますが、トロコンブ遺跡で数多くの魔獣を退治し、さらにシシカバブ湖で金竜を討伐して下さった、たいそう勇気のある集団です。その首領は、僕の姉上でもあるオイルレーズン女史ですが、彼女から頼みごとを聞きました。心根の優しい姉上は、眠り病を患っている不運な令嬢を助けるために特効薬が欲しいと、僕を頼ってくれたのです。幸いにして、エルフルト共和国の医療省は、その秘薬を保有しています」
大統領は言葉を区切り、広場に集まった者たちの顔面を、ゆっくり見回す。それから、また落ち着いた表情で口を開く。
「銀海竜逆鱗を与えさえすれば、不運な令嬢を救えます。しかしながら、眠り病に見舞われた者は、エルフルト共和国民ではありません。それで僕は少しばかり考えました。他国民だからといって拒んでよいものか。それは道理として間違っているのではないかと、思案を巡らせたのです。そして、この疑問を国民に打ち明け、真を問うことが最善であると気づきました。聡明なエルフルト共和国の皆さん、病気で苦しむ隣人を助けるかどうか、希少な秘薬を喜んで譲り渡すかどうか、この僕が大統領の一存で決めるのではなく、皆さんにも考えて貰いたいのです。是非とも、賢明な答えを出して下さい」
ハタケーツ大統領の演説が、これで終わった。
至るところで拍手が鳴り始め、やがて広場が大喝采に包まれる。銀海竜逆鱗を進呈するという方針は、大勢の賛同で決したと言えよう。




