《☆~ 大統領からの褒賞(二) ~》
秋らしく爽やかな風の吹く中を軽快に進み、取り立てて障害に遭うこともなく、馬車がローラシア北西部国境門に到着する。
検問を受ける際、ラムシュは眠ったままだったけれど、一等医療官が記載してくれた診断書のお陰があり、寝台の上で身元の確認が行われ、無事に通過できた。
ここで長を務める二等護衛官のフィッシュ‐チャウダは、尊敬しているオイルレーズンの姿を見つけるや否や、嬉々として、ご機嫌伺いにやってくる。
「馬車のお旅で、お疲れになっておられましょう」
「ふむ。フィッシュもご苦労じゃのう」
「おそれ入ります。それはそうと、この度は、誠におめでとうございます!」
「なんの話じゃろうか?」
「他でもありません。オイルレーズン女史におかれましては、魔獣と金竜の討伐をお成し遂げになった大偉業により、エルフルト共和国大統領から褒賞をお受けになられるという大吉報です!」
「ほほう、よく知っておるのう」
「はい。それはもう、エルフルト側の国境門に勤めております知り合いどもから、耳に蛸ができるほど繰り返し聞き及びました。これは慶事でございますから、是非ともお祝いをせねばと考えまして、細やかながら、このような代物をご用意つかまつり、お待ち詫びておりました次第です」
フィッシュが、恭しい態度で紙の箱を差し出した。
「早速、開けてよいかのう?」
「もちろん、ご遠慮なくどうぞ!」
箱の中に、黄金と白銀の眩い輝きがあった。
「おお、これは黄白餅じゃわい」
「仰せの通りです! 創業六百有余年、全世界で紛れもなく一番に美味いと評判の高い餅屋《猛禽洞》に作らせました、由緒正しいお祝い餅にございます!」
「ふむ。ありがたく頂くとしよう。ふぁっははは」
同じ箱が多数用意されており、キャロリーヌたちにも配られた。
隣接するエルフルト南部国境門でも、オイルレーズンが率いる集団の功績を讃えようという気運は強く、二人の政務官がお馬を連れ、待ち構えていた。彼らは、大統領府の迎賓館まで先導を務めてくれる。
ショコラビスケが、誇らしげな表情と口調で話す。
「俺たちは、すっかり要人ってえ訳でさあ。がっほほほ!」
「どうして皆さん、あたくしたちを丁重に、もてなして下さるのかしら?」
「魔獣を退治した件は、さほどの働きでないにしても、金竜を倒した実績は、なかなかに好評を博しておるのじゃろう」
「そうですか……」
実際には力が尽きて自然に倒れたのであって、それが自分たちの功績にされている状況を、キャロリーヌは手放しで喜べなかった。
馬車は、葱の産地として有名な街であるポワロに入って、間もなく大統領府に辿り着いた。
一行が上級要人部屋に通され、豪華な椅子に腰掛ける。キャロリーヌとオイルレーズンは以前、ハタケーツ大統領に招かれたけれど、その折は公邸に赴いたので、この迎賓館は初めての訪問である。
接待係の政務官が、早速、大統領府御用達の葱入り茹で団子と玉葱の皮茶を振る舞ってくれた。
オイルレーズンが四杯目のお茶を飲み始めたところ、部屋にハタケーツ大統領が姿を見せ、近くの椅子に腰を下ろす。
「姉上、並びに皆さん、よくお越しになりましたなあ」
「コラーゲンや、息災じゃったかのう?」
「はい、健康に関しては、人一倍に気遣っているので。ああ、それより姉上の方こそ、ご高齢でありながら金竜討伐とは、なかなかどうして。はははは」
「あたしゃ死ぬまで探索者じゃわい。ところで、褒賞をくれるという伝書を読んできたが、折り入って頼みごとをしても、よいじゃろうか?」
「エルフルト共和国第四百四十六代大統領、このコラーゲン‐ハタケーツが叶えられる望みならば、なんなりとどうぞ」
「ふむ、単刀直入に話すとしよう。テリーヌ高原の北東部に、あたしらが立ち入ることを許可して貰いたい」
「ええっ、あの進入禁止の地帯に!?」
ずっと笑みの浮いていた大統領の顔面が、唐突に曇ってしまう。
「難しい望みじゃろうか?」
「兎も角、理由をお伺いしましょう。どうして、テリーヌ高原の北東部に立ち入りたいのですかな?」
「あたしらの目的は一つ、黄獏じゃよ」
オイルレーズンは、特発性過眠症を患っている不運な令嬢を救うために、黄獏の皮が必要だという事情を、お茶を飲む手を止めて、熱心に伝えた。