《☆~ 大統領からの褒賞(一) ~》
小屋の前に、やや大きな馬車が停まっている。これは、車体の内部が前後に分かれていて、銀貨十三枚を支払って借りてきたという。寝台の設置してある後部に少女が乗り込み、早速、眠りに就く。
前の部分には、奥側に頑丈な安楽椅子が設置されていて、キャロリーヌとオイルレーズンが陣取った。
いつものようにマトンが馭者席に座り、その後ろ、床の上に巨体のショコラビスケが腰を下ろしている。
律儀な性格を持つシルキーは、自らの意思で車体の屋根に立ち、旅の障害となり得る兆しが僅かでも起こりはしないかと、鋭く目を光らせて監視を行う。
馬車は、ローラシア北西部国境門へ向かって走り始めた。これからエルフルト共和国へ赴くのだけれど、オイルレーズンが、その目的を説明する。
「寝台で眠る少女は、赤ん坊の頃に、オリーブサラッドという名の悪魔女が掛けた呪いがため、白馬の姿にされて、これまで不運な身空にあったメルフィル公爵家の令嬢キャロリーヌに他ならぬ。ここにおるキャロルと入れ替わったままで、かれこれ十七年が過ぎ去った。ショコラや、くれぐれも他言無用じゃよ」
「へいへい、承知でさあ!」
「ふむ。続きを話すとしよう。皆の奮闘してくれたお陰で手に入った金竜逆鱗を服用し、呪いの解けたキャロリーヌは、ようやく人族の姿を取り戻した訳じゃが、もう一つの不運に見舞われ、厄介な眠り病を患っておる。銀海竜逆鱗あるいは黄獏の皮が特効薬になると医療学者が言っており、どちらを得るのがよいか考えておったところ、エルフルト共和国から、このような親書がきた」
オイルレーズンは、さも嬉しそうに、懐から羊皮紙を取り出す。
するとショコラビスケが、その文面を覗き込むけれど、難しい文字で記されているため、彼にはさっぱり読み取れない。
「こいつは、一体なんて書かれているのですかい?」
「あたしらの集団が働いたトロコンブ遺跡での魔獣討伐、並びに金竜を倒した功績が、かの国の大統領であるコラーゲン‐ハタケーツの耳に届き、彼を大いに感服させたらしいわい。それで大統領は、あたしらに褒賞を与えようと決め、なにを望むか知らせて欲しいと書いてあるのじゃよ。ふぁっははは!」
「おうおう、俺なら、厚切り牛肉を存分に食わせて貰いたいぜ!!」
嬉々として大声を出すショコラビスケである。
しかしながら、オイルレーズンが眉をひそめながら首を横に振る。
「そのように他愛のない褒賞を望んだとあっては、大統領に失礼じゃわい」
「がほっ!? だったら、どんな望みをすればよいでさあ?」
「テリーヌ高原の北東部で、あたしらの集団が探索することを許可して貰いたいと望むのが一番よいわい。なにしろ、黄獏の生息地として知られる唯一の場所で、しかも進入禁止の地帯じゃからな、つまり今が、そこへ足を踏み入れる絶好の機会に相違あるまい」
「がっほほ! ようやく得心できましたぜ。そのテリーヌ高原とやらへ赴き、黄獏を捕らえて、こちらのキャロリーヌさんとは違うもう一人の、眠り病を患っておられるキャロリーヌさんをお救いしようってえ魂胆でさあ!」
「その通りじゃわい」
ここへマトンが口を挟んでくる。
「なるほど。首領が先ほど、《まさしく渡りに船じゃな》と喜んでおられた理由が、やっと僕にも分かりました」
「ふむ」
「ところで、キャロルでない方のキャロリーヌさんといった呼び方をするのは、なかなかに紛らわしいかと思います。うまく区別できませんか?」
「むろん、それは解決したわい。眠っておる方のキャロリーヌは、ラムシュと命名した上で、ローラシア皇国が発行する正式な身分証も、ちゃんと得ておる」
オイルレーズンが、作られたばかりの記章を掲げた。ラムシュが特発性過眠症を患っていることを示す診断書と一緒に、二等医療官のアズキ‐チャプスティクスが小屋まで届けてくれたもの。
「おうおう、さすがは首領、抜かりありませんぜ! がっほほほ!」
「ラムシュさんが、次にお目醒めになりましたら、早速、彼女の衣類につけて差し上げましょう」
キャロリーヌが記章を眺めながら、穏やかに微笑んでいる。




