《★~ 厄介な眠り病(三) ~》
眠り病の症状について、オイルレーズンが説明する。そして、明日になっても少女の状態が今のまま変わらなければ、医療学者に相談してみようという方針を決めた。
夕刻を迎える頃、再びマトンが訪ねてきたけれど、先ほどと同じように、いわゆる「門前払い」を食らうこととなる。
少女は一つ刻に目醒め、「わたし、空腹だわ! お腹が減ったの!」と騒ぎ出すので、キャロリーヌとオイルレーズンの眠りが遮られた。
「すぐに仕度しますわ!」
キャロリーヌが、保存用の乾麺麭と野菜汁を差し出した。すると少女は、「これだけなの!」と苦情をつけた上で、あっという間に食すのだった。
オイルレーズンが問い掛ける。
「今日もまた、七つ刻を過ぎれば起きるかのう?」
「わたし、そんなこと知らない」
答えるや否や、少女は眠りに就く。
ほとんどの刻を寝て過ごし、一日に二度、僅か三分刻ばかりの間だけ目を醒ましているという、先ほどオイルレーズンが話してくれた症状である。
キャロリーヌが、一つ思いついた考えを述べる。
「不眠豆を食せば、起きていられるのでは、ありませんの?」
「いいや、あれは一粒食せば、一晩を眠らずに済むだけのものでな、眠りたければ眠れるのじゃよ。当の本人が起きようと思わぬなら、まったく役に立たぬ」
「そうですのね……」
「ふむ」
オイルレーズンとキャロリーヌも、再び眠りに就く。
・ ・ ・
四つ刻半、皇国宮廷内の医療官事務所に、アカシャコが姿を現した。
一等医療官のオマールが出迎える。
「お父ちゃん、どうしたの?」
「いやなに、先ほど、オイルレーズン女史から伝書が届いたのでね」
「それはまた、一体どういった内容ですか」
「読んでみるとよい」
アカシャコが、懐から羊皮紙を取り出した。
その文面には、金竜逆鱗の乾燥粉末を水に溶かしてファルキリーに服用させたところ、うまく少女の姿に戻りはしたけれど、どうやら眠り病を患ったらしく、僅かな間しか起きていられないので、医療学者の助言を得たいという旨が記載されていた。
読み終えたオマールが、眉をひそめながら話す。
「眠り病とは、また厄介な事態になりました。メルフィル公爵家のご令嬢は、つくづく不幸ですね」
「まさに同じ思いだ」
「では、お父ちゃん自らが赴いて、診察をなさいますか?」
「この儂でも構わぬが、生憎と今日は、スプーンフィード伯爵家に行かなければならない。以前から、シャルバート殿に頼まれていたのだ。それに、うら若い乙女の診察というのであれば、女性の方が、都合もよいだろう」
「ご尤もです。私が診にゆきましょう。場所はどこかしら?」
「知らない。中央門で尋ねるのだな」
「分かりました」
今のところ急ぎの仕事は特になかったので、オマールは、この場を二等医療官のアズキ‐チャプスティクスに任せることにして、早速、出掛ける仕度を始める。
アカシャコは、一足早く医療官事務所を後にしていた。
十五分刻の後、キャロリーヌたちの滞在する小屋に、オマールが辿り着く。
「おお、わざわざ一等医療官が出向いてくれるとは、ありがたいのう」
「滅相もございません。常日頃から、私たちは病気で苦しむ方々の助けになるのなら、たとい遠方でも馳せてゆく覚悟ですから」
「立派な心掛けじゃな。ふぁっははは!」
オマールは、小屋の中に入り、眠っている少女の前に座った。
一通りの診察を済ませた上で、オイルレーズンたちに説明を行う。
「こちらのご令嬢は、医療学的に私たちが特発性過眠症と呼ぶところの、まさしく眠り病です。この疾患は、人族の十代女性が見舞われる傾向にあります。私の診立てでは、金竜逆鱗を服用したことによる副作用ではなく、人族の姿に戻った際、偶然に発症したものと考えられます」
「ふむ」
「一等医療官さま、彼女は治りますの?」
「よく知られた特効薬として、銀海竜逆鱗がありますけれど、入手は、なかなかに困難でしょうね。他には、黄獏の皮も有効だと分かっています」
「そうですか……」
黄獏という動物にしても、簡単には得られない奇獣なのだった。




