《★~ 厄介な眠り病(二) ~》
オイルレーズンが目を細めながら、感慨深げに話す。
「マーガリーナの面影を残しており、整った顔つきじゃわい」
「はい。本当に、お母さまとよく似ておられますわ」
キャロリーヌは、自身より少しばかり小柄な少女を見つめながら、マーガリーナの明るく微笑んだ、懐かしい表情を思い描く。そして、胸の内では「このお方を見舞っていた酷い事態を、一体どのようにお伝えすればよろしいかしら?」とつぶやくのだった。
一方、身仕度を終えた少女は寝転がって、すぐ眠りに落ちてしまう。
「あらまあ、お休みなさいましたわ」
「真夜中じゃから無理もないわい。あたしらも、寝るとするかのう?」
「ええ、そうしましょう」
少女の身体に、そっと毛布を掛けてから、二人も就寝する。
三つ刻半になって、オイルレーズンが先に起きた。
それから十分刻ばかり経つと、キャロリーヌも目を醒まし、隣りで静かに寝息を立てる少女の顔を覗き込む。穏やかな睡眠は、まだ途絶えそうにない。
「ぐっすりと、よく寝ておられますわ」
「ふむ。眠りに就いたのは一つ刻を過ぎておったからのう。人族の身体にも、まだ慣れておらぬじゃろうし、今日のところは、ゆっくり休ませておくがよい」
「はい」
二人だけで手早く朝餉を済ませ、宮廷御用達の碧色茶を飲んでいるところ、突如、小屋の扉を叩く音が響く。
「あら、どなたかお越しですわ」
「用心が必要じゃから、あたしが確かめるとしよう」
オイルレーズンは、扉に備わった覗き穴を通して、外にいる者を見定める。
「おお、マトンじゃったか」
扉が、オイルレーズンの手でゆっくり開かれる。
「仰せの通りです。ご様子を伺おうと思い、駆けつけました」
「ふむ」
オイルレーズンは外へ出て、直ちに扉を閉める。
一分刻もしないうちに再び扉が開き、オイルレーズンだけが小屋の中に入ってきた。それでキャロリーヌが首を傾げながら問う。
「マトンさんは、どうなさいましたの?」
「あの男は、《ファルキリーが、どのような女性の姿になっただろうか》と気になり、はるばる会いにきおったのじゃが、《今は眠っておるから、出直すがよい》と言ってやると、さも残念そうな顔をして立ち去りおった。ふぁっはは」
「まあ、そうですのね」
二人は小屋の中に留まり、少女が自然に目醒めるのを待つけれど、七つ刻を迎えても、果てしなく眠るかのようだった。
この状況を目の当たりにして、さすがにオイルレーズンも、「様子がおかしいわい」と神妙な表情を見せる。
当然のこと、キャロリーヌも心配になった。
「どこか具合でも、お悪くされているのでしょうか?」
「ふうむ。あるいは、呪いの魔法を解く際の副作用かもしれぬ」
「まあ、おそろしいですわ!」
この時、少女が唐突に起き上がった。
気づいたキャロリーヌが、嬉しそうに声を発する。
「あ、ようやくお目醒めですわ!」
「おお、よかったわい」
「……」
少女は黙ったままだった。
彼女が人族の姿に戻ってから、一度も言葉を交わしていないので、キャロリーヌの方から、なにか話そうとする。
「あのもし」
「……」
「あなたは、ご自身のお名前を知っていらして?」
「……」
「あなたのお名前は、キャロリーヌ‐メルフィルですわよ」
「ヒヒィン!」
「ええっ?? まあ、どうしましょう!!」
大きく戸惑うキャロリーヌだった。
ここへオイルレーズンが口を挟んでくる。
「キャロルや、落ち着くがよい」
「首領さま、このお方は、せっかくお姿が戻りましたのに、人族の言葉をお話しになれないだなんて、お可哀想ですわ!」
「あっははは!」
少女が大きな笑い声を上げた。
「やあ騙された! すっかり騙され遊ばしたわ! あははは!」
「ええっ!? あなた、ちゃんと話せますの??」
「そりゃそうよ。わたし、人族だもの。あっはははは!!」
「……」
想定外の衝撃だったせいで、キャロリーヌが言葉を失った。
オイルレーズンが苦言を呈する。
「冗談が過ぎるのう。困った娘じゃわい……」
「あはは、あはははは! ああ、愉快だった。わたし、眠くなったわ」
一頻り笑った後、少女は再び寝転がる。
「えっ、まだ眠りが必要ですの??」
「……」
返答はなく、次の瞬間、少女は寝息を立て始める。
「やはり、副作用の影響が強いようじゃな」
「そうですのね……」
「もしかすると、眠り病かもしれぬ」
「へ!?」
初めて耳にする病気の名称だった。




