《☆~ 金竜との決戦 ~》
ジャンバラヤ氏は、持ち前の鎖鎌で金竜の脚を攻撃し、反撃を受ける寸前のところを、うまく後方へ逃れる。いわゆる「つかず離れず」という間合いを取り、なかなかに巧みな立ち回りを見せた。
彼が自在に動けるのは、力豆を食して力が倍になったお陰もあるけれど、それ以上に、援護の者たちが有効に働くからである。特に、牽制の役割を担うキャロリーヌが、空中から注ぎ落とす薬草茶は、敵を大いに辟易させた。加えて、シルキーの叫び声とショコラビスケによる投石が、敵の動作を妨害するのに役立っている。
彼らの連携が見事に功を奏し、ブイヨン公爵は、全神経を集中させて、小瓶つきの矢を放つことができた。結果、十本のうち九本が金竜の後ろ脚に命中する。
「叔父さま、やりましたね」
「うん。でも喜ぶのは早いよ。竜活力源が溜まって、回収するまではね」
「確かにその通りです」
「さあ私たちも、ジャンバラヤさんを援護しよう」
「はい!」
ブイヨン公爵とデセールは、ショコラビスケと合流した上で、金竜に石をぶつける仕事を手伝う。
一部始終を岩陰で眺めるオイルレーズンは、作戦の通りに進んでいる状況を嬉しく感じると同時に、少なからず心配にもなる。
「酒を飲んでもおらぬのに、動きが鈍いわい」
「きっと、ずいぶん老いてしまったのでしょう」
マトンは、十七年前に激しく暴れていた金竜の姿を思い描き、年月を経て弱りゆくという、「生きる者の宿命」に儚さを感じ、目頭が熱くなった。
オイルレーズンが小さな声で話す。
「老いておろうとも、最強の凶竜に違いない。あのような相手を前にして、優勢となった瞬間こそ、油断しがちじゃからな」
「はい。首領の仰る通りです。気を引き締めます」
キャロリーヌは、丸壺の中身がなくなれば、地上に降り立って鍋の薬草茶を満たし、再び空へ向かう。かれこれ六度も繰り返した。
そして、ブイヨン公爵が矢を放ち終えてから、そろそろ五分刻が経過する。彼はデセールとともに、小瓶の回収を始めた。
いくつか割れて役に立ちそうにないけれど、三つだけは無事で竜活力源が十分に溜まっていた。
「私たちの獲物は手中に収まりました!」
ブイヨン公爵が大声を発した。
当然のこと、「これでもう、急襲をして下さってもよいですよ」と知らせる合図に他ならない。
オイルレーズンがマトンを抱えて飛び立ち、一直線に突進した。対する金竜は、二人に向けて灼熱の業火を吐く。
オイルレーズンは、咄嗟にマトンの身体を離す。
「うわっ!!」
地面に落ちて転がるマトンである。一方のオイルレーズンは上昇し、間一髪のところ、業火の直撃を回避する。
丸焼きにされずに済むけれど、逆鱗を奪うことは叶わない。
「失敗じゃ!」
オイルレーズンは、悔しさのあまり叫ばざるを得なかった。
この時、空中のキャロリーヌが地上へ降り、マトンに問い掛ける。
「お怪我はありませんの?」
「大丈夫だよ」
「では、あたくしの身体に掴まって下さい。もう一度、急襲しましょう」
「え、できるかい?」
「はい!」
「分かった、頼むよ」
マトンを連れてキャロリーヌが金竜の胸元に向かって宙を進む。シルキーも、援護のために、少し離れて飛ぶ。
キャロリーヌはまず、中身の入っている丸壺を投げつける。すると相手は上体を反らして、再び業火を吐く構えを見せる。
しかしながら、その動作は中途半端に終わった。金竜は利口だから、キャロリーヌの携帯している死鏡を察知し、それがため反撃を諦めて湖の方へ逃げる。
キャロリーヌが相手の正面に向かおうと、空中で曲線を描くけれど、黄金色の巨体は、豪快な音を轟かせて地面に崩れる。
「どうしたのだ!」
戦っていた相手が唐突に倒れ、ジャンバラヤ氏は困惑の気色を見せた。
ここへ、キャロリーヌとマトンおよびシルキーが降りてくる。ショコラビスケやオイルレーズンたちも駆けてきた。
「力が尽きたようじゃわい」
「えっ、そうですの??」
誰にとっても、まったく想定外の決着となった。
「気の毒とは思うけれど、逆鱗を貰うよ」
マトンが魔獣骨剣を使って、顎の一部を斬り落とす。その際、金竜の閉じた瞼の内から、大粒の透き通る滴が流れた。
苦々しい光景を目の当たりにして、皆が胸を痛めてしまう。
「ショコラや、この金竜こそ、ヴァニラを丸焼きにした者じゃよ」
「がほっ! そいつは本当ですかい!?」
「ふむ。戦いの前に知っては浮足立つじゃろうと考え、伝えずにおいた」
「……」
ショコラビスケは、黙ったまま深く頭を下げた。
金竜との決戦を終えて、総員が無事で済んだ。目的の逆鱗を得たものの、一行は悲愴な面持ちで、真夜中のシシカバブ湖を後にする。




