《★~ 呪詛されるメルフィル家(二) ~》
オイルレーズンが、グリルたちに孫娘を引き続き任せることにし、エルフルト共和国へ向けて旅立ってから、半月近くが過ぎている。
そんなある日の昼間、メルフィル公爵家に訪問者があって、使用人の中で雑務を担当している若い女中、アラモード‐ドリーマが応対した。
訪問者の用件を伝えるために、公爵夫人の居室まで足を運んできたところ。
マーガリーナがアラモードから話を聞き、怪訝そうな表情で問い返す。
「煙突掃除ですって?」
「はい。やってきた女性が、そのように申しております」
「掃除や修理などの依頼は、一切していないのですけれどねえ」
「はあそれが、先方は無対価奉仕と申しております。なんでも最近になって、その仕事を始めたばかりで、初回のみは対価を得ずに煙突を掃除してみせることで、まず世間に名を広め、業務をうまく軌道に乗せたいとの考えだそうでございます。どう致しましょう、断って帰らせましょうか?」
「そうですか。対価を惜しむ気は毛頭ないけれど、新しく仕事を始め、そのように誠意を込めて励んでいる者を冷淡に扱っては気の毒だし、取りあえずは私が直接、その話だけでも聞いてやることにするわ」
心優しいマーガリーナは、訪問者に会おうと決めた。
その煙突掃除人が待っている出入り口、主に使用人たちがいつも使っている、いわゆる「勝手口」まで、アラモードと一緒にやってきた。
若い女性が、二人できているのだった。
早速マーガリーナが問う。
「あなたたち女性で、煙突の掃除をしますの?」
「はい、仰せの通りにございます」
「それはご苦労なことね。煙突掃除のように肌や衣類が黒く汚れる仕事は、たいてい男性の行うものだと、私は思っていましたから」
「ええ、普通はそうでございましょうけれど、手前どもは昼間こうして、方々のお邸へと回っております。ご主人殿が不在なこともありますし、もし女性だけのお邸になっていましたら、そこへ男どもを迎え入れることを敬遠されるご夫人も多いのでございます。そこで、ご安心頂けるよう、手前どもは、若い女性だけの煙突掃除人を揃えまして、こうして業務を始めたという次第でございます」
「そういうこと。では、掃除の腕の方はどうなの?」
「ええ、もちろん腕には自信がございます。対価なしでそれを示してご覧に入れましょう。もしなにか万が一にも、ご不満が少しでもありましたならば、そうお申しつけ下さいまし。その場合には、二度と今後、このお邸へは参りませんことに致しますので。ですから、どうか一度だけ、手前どもに仕事をさせて頂く訳には、いきませんでしょうか?」
煙突掃除人がこのように誠心誠意の態度で説明してくるものだから、マーガリーナは、その熱意を認め、彼女たちに仕事の機会を与えてやることにした。
「アラモード、この者たちを調理場へ案内しておやり。サブと二人で立ち会って、煙突掃除の様子を見守るのです。その腕が確かだったのなら、所定の対価を与えておやりなさい。このメルフィル公爵家が、まともな仕事をさせておきながら、その対価を惜しんだとあっては、末代までの恥になりますからね」
「はい。承知致しました」
サブというのは、この邸で料理人長を任せている、サブレー‐パッカーンという男性のこと。
その者は、料理の腕だけでなく、腕っ節の強さにも多大な自信と実績を誇っていて、邸内の護衛人としても大いに役立つ偉丈夫なのである。
マーガリーナは、煙突掃除のすべてを使用人たちに任せることにして、さっさと公爵夫人室へ戻るのだった。