《★~ マトンの事情 ~》
マトンは、魔獣骨剣を背中の鞘に収めてから、静かに腰を下ろした。デセールの視線が鋭く、自身に向けられていたので、穏やかな口調で尋ねる。
「お嬢さん、どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでもありません」
「そうですか」
「あ、あの、黒竜茶はいかがです?」
デセールが丸壺を持ち上げた。マトンにしてみれば、取り立てて喉が渇いている訳でもないけれど、彼女の親切を受け止めた方がよいと考え、「是非、頂こうと思います」と返答し、茶碗を差し出すのだった。
この二人に眼差しを向けながら、ブイヨン公爵がしみじみと話し始める。
「デセールは、赤ん坊の頃に両親を亡くしたので、子供のいない私と妻が引き取りました。妻が死んでからは、ずっと旅を続けてきたせいで、並並ならない苦労をさせてしまったものです。それだけに、この子が幸せになれるようにと、強く願っています。ですからマトンさん、デセールの婿になってくれませんか!」
「はっ??」
想定の及ばない話のため、マトンは少なからず困惑した。
「叔父さま、そのようなこと、唐突にお願いしては失礼になりますよ」
「おや、そうだろうか??」
「もちろんですとも。なにしろ、お会いしたばかりですから、まずは、お気持ちを伺わなければなりません」
デセールはキッパリと言い放った上で、マトンの顔を覗き込む。
「どうか率直にお答え願います。私と結婚して、ブイヨン公爵家を継いで下さるというお考えはありますか?」
「えっ!?」
「子供が生まれたら、私は錬金術を教えます。あなたさまは、剣の腕を鍛えてやって下さればよいかと思います。家族で揃って、各地へ探索に赴くのも楽しいでしょうね」
「いや、その……」
次から次へと話を弾ませる爛漫な顔面のデセールを前にして、マトンがすっかり辟易させられた。
この様子を、キャロリーヌたちが、興味深そうに眺めているところ、横からブイヨン公爵が口を挟んでくる。
「デセール、少し落ち着きなさい。どのように子供を育てるかは、いずれゆっくり話し合えばよいのだから。それよりも、まだ十五歳のお前は、まず自分が、これから立派な錬金術者へと成長しなければならない」
「はい、その通りです。つい先走ってしまいました。マトンさま、済みません」
頭を下げるデセールに、オイルレーズンが問う。
「そなたは、マトンを気に入ったのじゃろうか?」
「はい。勇敢に手合わせをなさって、勝利されるお姿を拝見しまして、私は、本当に感極まりました。きっと、恋の始まりに違いありません」
「ふむ。ならば、マトンの事情を、隠さず話しておかねばなるまい。若いように見えるのじゃが、彼は五十年よりも長く生きておる」
「まさか、ご冗談ですか?」
疑うデセールに向かって、マトン自らが話す。
「僕は二十歳の頃に、老化防止という高等魔法が施されたので、それから三十年間、このような若い姿を保っていられました。でも、老化防止の効果は、オイルレーズン女史が存命の間に限られるのです」
「まあ、そのような魔法が……」
デセールは、驚きのあまり言葉を失った。
一方、マトンに代わって、オイルレーズンが説明の言葉を加える。
「老化防止は、禁断魔法じゃからな、あたしが死んで効果がなくなると、どのような副作用があるか分からぬ。その際、マトンの老化が急激に進み、干からびてしまうかもしれぬ。あるいは、一瞬にして命が尽きる場合もあり得る」
「……」
「じゃからデセールや、彼と結婚しようというのなら、相当な覚悟をしておく必要があるよ。どうじゃな?」
「それほど大きな覚悟を、私は持ち合わせていません。マトンさまが早くお亡くなりになれば、きっと子供も悲しい思いをするでしょう。ですから、私が先走って話しました一切を、誠に勝手ながら、どうかお忘れになって下さい」
「ふむ。なかなかに正直じゃわい。ふぁっははは!」
ブイヨン公爵がマトンに問う。
「そのような代償を払ってまで、二十歳の若さを保つことになさった動機を、お聞かせ願えますか?」
「分かりました」
マトンは、自らの選んだ人生について語る。
話が終わるや否や、デセールが丸壺を持ち上げた。
「お代わりは、いかがです?」
「もう結構です。満足するほど飲みましたから」
今度ばかりは、迷わずに断るマトンだった。