《★~ 手合わせ ~》
しばし会話が途絶えたところ、キャロリーヌがジャンバラヤ氏に問う。
「ラディシュグラッセさんのことも、お忘れでいらっしゃいますの?」
「誰の話をしているのだ!」
「他でもなく、ジャンバラヤさんのお姉さまですわ」
「オレに姉がいるのか??」
「はい。生き別れとなっておられましたけれど、ジャンバラヤさんは、あたくしたちと一緒にパンゲア地下牢獄へ赴き、牛肉食堂という名の食事処で、ラディシュグラッセさんと、再会を果たされました」
「それすら覚えていない。すっかり忘れてしまった」
「お可哀想に……」
今のジャンバラヤ氏に家族の話をすると、いっそう苦しませるだろうと思い、仕方なく沈黙する。
「牛肉を食せば、ひょっとすると、記憶が戻るかもしれねえでさあ?」
「なんだと、本当か!」
ジャンバラヤ氏が目を輝かせるけれど、横からマトンが口を挟む。
「ショコラ、記憶の喪失というのは、そう単純なものではないよ」
「マトンさんよお、なにごとにおいても、試してみるまで、結果は分からねえものですぜ?」
「そうだけれど、思いついたことを片っ端から試す訳にもいかないだろう」
「おうおう、そりゃあそうでさあ。がっほほ!」
静かに黒竜茶を飲んでいたオイルレーズンが、ジャンバラヤ氏に尋ねる。
「時に、鎖鎌の腕前はどうじゃろうか?」
「抜群です!」
「ならば、マトンと手合わせをしてみるがよい」
「おお、望むところだ! 剣士殿、さっさと始めよう!」
「分かったよ」
二人は立ち上がり、お馬の縦幅で二頭分ばかり離れる。
マトンが、背中の魔獣骨剣を引き抜いて構えた。ジャンバラヤ氏は、腰を低くした姿勢で、鎖に結ばれた銅の塊をクルクルと回す。
「えいっ!」
ジャンバラヤ氏が先に攻撃を始めた。
銅の塊が飛んで、魔獣骨剣に絡みつく。鎖に力が込められると、マトンの身体がジャンバラヤ氏の方へ、ゆっくり引っ張られる。
「ううっ!」
苦しそうな表情のマトンに向けて、ショコラビスケが大声を放つ。
「おうおう、しっかりして下せえ!!」
「ショコラや、黙って見守るがよい」
「了解でさあ……」
ショコラビスケは口を閉じた。
ジャンバラヤ氏が左手で鎖を手繰り寄せながら、右手に持つ鎌の刃を、マトンの首筋に近づける。
「剣士殿、降参しろ!」
「ど、どうしよう……」
マトンが小声で答え、それと同時に剣を離す。
「なっ!!」
鎖に渾身の力を込めていたジャンバラヤ氏が、大きく仰け反ってしまう。
その一方で、マトンは華麗に宙を舞った。身体を回し、ジャンバラヤ氏の右腕を強く蹴る。鎌が地面に落ち、それを拾って、相手の背後に立つ。
「鎖鎌殿、降参するかい?」
「しまった……」
落胆のあまり、ジャンバラヤ氏は地面に座り込む。
オイルレーズンが近寄って言葉を掛ける。
「記憶を失っても、鎖鎌の扱い方は、身体が覚えておるのかもしれぬ。じゃが、それだけでは勝てぬ」
「くっ……」
ジャンバラヤ氏は、肩を震わせながらマトンの顔を見つめる。
「剣士殿、頼む! もう一度、オレと手合わせをしてくれ!」
「仕方ないね。早速、始めるとしよう」
再び両者が向き合い、途中までは先ほどと同じ動きをした。
マトンが一瞬、剣を握る力を弱める。対するジャンバラヤ氏は、それを予想していたので、今度ばかりは仰け反ったりしない。
「ふん、同じ戦法が通用するものか!」
「その通りだね」
マトンが顔面をニヤリとさせ、剣を握り直した。ジャンバラヤ氏も、再び鎖に力を込める。
しかしながら、絡まっていた鎖が緩んでいるため、剣が解放された。
「あっ!!」
驚愕を隠せないジャンバラヤ氏の足元へマトンが飛び込み、自由になった魔獣骨剣の先端を向ける。
「鎖鎌殿、また降参だね?」
「……」
無言のまま肩を落とすジャンバラヤ氏だった。
そんな痛々しい姿を前にして、オイルレーズンが、さも押しつけがましい口調で、説教を始める。
「アンドゥイユや、相手が金竜じゃったら、今頃は生きておらぬよ?」
「はい、それは痛いほど分かりました。だけど、どうしてオレは、これほどまでに弱かったのだろうか!」
「強くなるには、まず自身の弱さを認めることが大切じゃわい」
「仰せの通りです!」
「どれだけ鎖鎌の扱いに長けておろうとも、戦いにおいては、懸け引きの仕方を知らぬようじゃと、勝ちを得られぬ」
「二度と忘れないよう、しっかり肝に銘じておきます!」
ジャンバラヤ氏は涙を流し、オイルレーズンからの教えを胸に刻む。




