《★~ 忘却の果てにある錬金術 ~》
たいていの者にとって、わざわざ危険に満ちたシシカバブ湖へ赴こうという第一の目的は、金竜の討伐である。ブイヨン公爵の集団が、そのために訪れているのだと判明したところで、なんら驚くに値しない。
探索者たちの喉から手が出るほどに欲する金竜逆鱗は、幻の秘薬として広く知られた極上等品目である。だから、複数の探索者集団が鉢合わせすると、たとい逆鱗を得られたとしても、分け前が減るか、悪くすれば奪い合いになってしまう。このような事情に対して、オイルレーズンは大いに懸念せざるを得ない。
するとブイヨン公爵が、思いもよらない話を始める。
「私たちの探索で、うまく金竜を討ち取っても、なに一つ収集品を得ようとは考えていません」
これには、オイルレーズンだけでなくマトンも、思わず自身の耳を疑う。
「まさか、あなた方は、防竜砦ヶ村を支援しておられるのでしょうか?」
「そのような村を、私は知りません。きっとマトンさんは、なにかしらの誤解をしておられるに違いありません」
「あ、これはどうも済みませんでした。収集品が目的でないとすれば、僕の考えが及ぶのは、その一つしか、見つからなかったものですから……」
マトンが、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた上で、アイスミント山岳に防竜砦ヶ村が存在している意義を説明する。
しかしながら、ブイヨン公爵は、興味を持った様子を少しも見せなかった。
そこで今度はオイルレーズンが問い掛ける。
「是非とも、一つ教えて貰えるかのう?」
「なんでしょうか」
「他でもなく、アントレ殿たちが金竜討伐をなさる目的ですわい」
「簡単に答えますと、錬金術の発掘になります」
「ほほう」
錬金術者は、大きく二つに分けられる。一つが、既に知られている調合の仕方を頼りに、便利な道具や美味しい料理を作ることを生業にしている者たち。もう一つは、ブイヨン公爵のような、いわゆる「錬金学者」であり、遥か昔に忘れ去られた調合を再び確立させるために、地道な研究を続けている。
こういった話を聞いたキャロリーヌは、ふと疑問を感じるのだった。
「とっても役立つ錬金術ですのに、大昔の錬金術者さんたちは、どうしてお忘れになりましたのかしら?」
「迫害によるものじゃよ」
オイルレーズンが、悲痛な面持ちで答えた。
そしてブイヨン公爵も同じような様子で言葉を重ねる。
「古い時代、人族のなした大きな過ち、つまり、魔女狩りと錬金狩りです」
「えっ、魔女と錬金術者の方々が、人族に狩られましたの!?」
「悲しい話ですが、まさにその通りです」
魔法や錬金術を使う者たちの大勢が処刑された上で、錬金術の調合について記された書物の数々が、無惨にも焼き払われたという。
この酷い歴史の真相を知らされたキャロリーヌは、身体を震わせながら、大粒の涙を流すのだった。
神妙そうな表情のマトンが、ブイヨン公爵に問い掛ける。
「僅かに残る書物の断片を唯一の手掛かりとして、忘却の果てにある錬金術を蘇らせるのですね。それは、まるで地中深く、どこにあるか分からない宝物を掘り当てるかのように、途方もなく大きな努力を要するのだと思います」
「はい。だからこそ、私たちは、錬金術の発掘と呼んでいるのです」
ここへショコラビスケが口を挟んでくる。
「大変なお仕事だってえのは分かりましたぜ。それでブイヨン公爵さんよお、今はどんな発掘に挑んでおられるのでさあ?」
「竜活力源です」
「がほっ、そりゃあ一体なんですかい??」
「強い竜から活力を譲り受けて、瓶詰にするのです。とても長い間、機械を働かせることのできる、たいそう有効な動力源として使えます」
「な、なんじゃと!!」
唐突に大声を放つオイルレーズンである。
彼女に限らずマトンとキャロリーヌにしても、ブイヨン公爵の話した「機械を働かせる」という言葉によって、機械人形を連想させられてしまった。
「お代わりは、いかがです?」
「ふむ、貰うとしよう」
オイルレーズンの差し出す茶碗に、デセールが黒竜茶を注ぐ。
 




