《★~ 呪詛されるメルフィル家(一) ~》
こちらはパンゲア帝国の後宮内で最も絢爛豪華な王妃居室、第一王妃の間である。
半年前、先に懐妊していた第二王妃を非道的手段で退けた冷酷な第一王妃、オリーブサラッドは、つい先日、女子を産んだ。その子も魔女であり、シーサラッドと命名されている。
本当ならば、ドライドレーズンの娘、ラムシュレーズンが皇太子の位置に就いているはずだけれど、第一王妃の悪い企てが成功したために、今やシーサラッドが正式な皇太子である。
オリーブサラッドが衛兵たちに命じて成し遂げた策謀の顛末については、パンゲア帝国王の耳にも届いている。
しかしながら、そのバゲット三世という王は、後宮内のゴタゴタは後宮の者たちに任せ、自身は一切介入しないという方針を貫いており、決してオリーブサラッドを咎めたりしないのである。
別の言い方をすると、バゲット三世は「強者繁栄」という考え方を全面的に支持しており、ドライドレーズンが王室から姿を消したのは、単に「弱者が逃げ出しただけのこと」とすら思っているのだった。強者の産む者こそが、次代の国王となるのに一番ふさわしいという理屈である。
こういう理由もあって、第一王妃の「やりたい放題」が、これまでずっと看過されてきたのだった。
その魔女、オリーブサラッドは、最近とても機嫌よく暮らせている。
今は、側近の第一女官、ミルクド‐カプチーノと密談をしているところ。
「ほほう、あの老いぼれオイルレーズンめ、今度はアイスミントなんぞの探索にゆくというのか」
「はい」
「ふふ、金竜にでも焼かれ、果ててしまうがよいわ。あーっ、ははははっ!」
アイスミントというのは、エルフルト共和国の北端、つまりグレート‐ローラシア大陸の最北西部に聳える山岳地帯の名称である。大陸の屋根とも呼ばれており、とても高い山山が連なっている。
そこが、極めて気性の荒い金竜の棲み処なのである。その狂った凶竜は、灼熱の業火を吐くことで、上級探索者をも怯えさせており、つまり最強の討伐対象種だということ。
今日、この刻限の頃には、集団を組んでいる三人の面子と合流したオイルレーズンが、エルフルト共和国に足を踏み入れようとしている。
また別の驚くべき事実を密かに探り出した者もおり、その報告も既に、後宮の第一女官にまで上がってきている。
「妃殿下、少しお耳に入れたき懸案がございます」
「どうしたのかミルクド、そのような辛気臭い顔をして」
「はっ、それがですねえ、オイルレーズンの孫娘、ラムシュレーズンは生きているのだと、密偵による調べがございまして」
「なぬ!? それは真実か?」
「十中に、八か九か、というところにございます」
「なにを中途半端な! すぐにハッキリさせぬか!」
「今、確認を急いでおります。ですけれど第一報だけでもと考え、妃殿下のお耳に入れておくことに致しました」
「そうか、それはよい判断であるぞ。むむう、そうするとドライドレーズンがアタゴーの山中で、自らが産んだ子を、自らの呪炎で焼いたのではなかったのだな。つまりは、あの屁っぴり魔女めに、うまうまと謀られたのであるか……」
実は半年前、竜魔痴に怯えて帰ってきた衛兵たちは、総員で口裏を合わせ、後宮に虚偽の報告を上げていたのだという。
「それが真実と分かった暁には、その不忠を働いた衛兵どもは、一人残らず首を跳ねてしまえ! よいな、ミルクド」
「はっ、承知致しました」
この後、オリーブサラッドの厳命によって、多くの側近や衛兵たちが、ラムシュレーズンを捜し出すことに、全身全霊を捧げさせられることになる。




