《☆~ 臨戦態勢(一) ~》
各自が金竜討伐の準備に勤しむ間、オイルレーズンだけは毛布に包まり、ぐっすり眠っていた。
石集めをしているショコラビスケは、自身の頭上をキャロリーヌとシルキーが飛び回るので、気になって空を見上げたりした。そのため、マトンから「僕たちは、やるべき仕事に集中しなければならないよ」と咎められる。
八つ刻半、オイルレーズンが目醒めた。
それから数分刻の後、役割を終えたマトンとショコラビスケが、こちらに帰ってくる。オイルレーズンは、早速、二人に問い掛ける。
「石は、どれほど用意できたのじゃな?」
「ざっと二百はあるはずでさあ! ですが、それだけ沢山を集めるのに、俺たちの労力は多大なものでしたぜ。なにしろ、そこら中に石が転がっていやがりますが、ほとんど丸いのばかりですからねえ。そいつを鋭く尖らせるために、片っ端から砕くのが大変だってえ訳でさあ」
「確かにそうだね」
「ふむ。二人ともご苦労じゃった」
「へいへい、なかなかに気張りましたぜ。がっほほほ!」
収集した石は、四つの箇所に分けて配置したという。
丁度ここへ、キャロリーヌとシルキーが空から降りてきた。
「首領さま、ただ今、戻りました」
「きゅれりぃー!」
「牽制の修練は、それなりに捗ったかのう?」
「はい。シルキーさんが、とても丁寧に模範を見せて下さいましたお陰で、本当に調子よく、練習に打ち込めました」
「それはなによりじゃわい。シルキーや、よく務めを果たしてくれたのう」
「きゅえ、くうっこぉ」
彼は、「いいえ、どう致しまして」と謙遜した。
横からショコラビスケが割って入る。
「なるほど、そんな事情があったのでさあ。キャロリーヌさんとシルキーが、俺の頭上を飛び回るから、なんの真似だろうかと、少しばかり悩んだのですが、やっと得心に至りましたぜ。がほほほ!」
キャロリーヌたちが牽制の練習をするに当たり、ショコラビスケは、金竜に見立てられていたということ。
「兎も角、早めに夕餉を済ませておくとしよう」
「はい、すぐに仕度しますわ」
「キャロル、僕も手伝うよ」
「あらマトンさん、助かります!」
用意されたのは、乾麺麭と乾燥肉、および瓶詰の果汁という簡素な品々だけれど、誰一人として、不服に思うことなく食した。
それから、鍋で毒消し十薬草を大量に作り、オイルレーズンが三杯、キャロリーヌとマトンが一杯ずつを飲んだ。ショコラビスケも、茶碗に半分を注ぎ、渋々ながら喉に流し込む。
「さあて、金竜を迎えるとしよう」
腰を上げたオイルレーズンが、いくつか指示を出す。
ショコラビスケが鍋を岩陰まで運び、キャロリーヌは、杓子を使って丸壺に薬草茶を満たす。背袋なども抜かりなく、岩陰に隠しておく。
マトンは、湖畔に置かれた酒樽の上蓋を割ってから、こちらへ駆けてきた。
彼らの動きを見守っていたオイルレーズンが、おもむろに口を開く。
「ふむ。準備が万端に整ったわい」
「おうおう、今度こそ臨戦態勢でさあ!!」
「いいや違う」
「がほっ、違うってえのは、一体どういうことでさあ!?」
「ショコラたちは、今から寝るのじゃよ」
「へっ、そりゃあ本当ですかい??」
「もちろんじゃとも。いつ金竜が現れるか、推察のしようもないのでな、皆が夜通し起きて待つ必要なぞない。あたしが一人、見張っておれば十分じゃよ」
オイルレーズンは、懐から小袋を取り出して開く。その中に、三種類の豆が数粒ずつ入っている。
「白を一つ食すがよい」
「安眠豆ですわね?」
「その通りじゃよ」
「美味いのですかい?」
「ただの豆と同じ味わいじゃよ。ショコラは、食したことがないかのう?」
「白いのは、たぶん初めてですぜ。赤と黒は、アラビアーナの地下迷宮で、パースリさんから頂いたと思いますがねえ」
ショコラビスケは、豆を口に入れて噛み砕いた。
マトンとキャロリーヌも、受け取って食す。
「この一粒で、僕たちは静かに眠れるね」
「仰せの通りですわ」
キャロリーヌたち三人が並んで腰を下ろし、毛布を纏って就寝する。
その一方で、オイルレーズンがシルキーにも言葉を掛ける。
「遠慮することなく、今のうちに休んでおくがよい」
「きゅい」
いつどのような場所であろうと、わざわざ安眠豆に頼るまでもなく、望むままに眠れるのが、シルキーの長所と言えよう。




