《☆~ 金竜討伐の戦法(二) ~》
逆鱗を奪われた金竜は、しばらく怒り狂うけれど、気力を消耗して、徐々に穏やかな気性へと変貌する。そうなった後は、街や村で暴れたりしない。だから、逆鱗を奪い取りさえすれば、討伐を成し遂げたも同然と言えよう。
「たとい奪うことができずとも、逆鱗を狙って集中的に攻撃するのは、少なからず有効な策じゃよ」
「あら、そうですのね」
「防竜砦ヶ村の金竜討伐隊が使っておる戦法でな、芋の収穫時期を迎えるまで、シシカバブ湖に足止めしておくのが狙いじゃわい。金竜というのは、逆鱗に傷を負うと激しく暴れ、半刻ばかり手に負えぬようになりはしても、その後、傷が癒えるまで一年の間、弱ったままでおるからのう」
マトンが横から、キャロリーヌに説明する。
「離れた場所にいて、矢を放ったり長槍を投げたりするから、接近戦と違い、反撃を受けにくいのが利点だよ。でも、この戦法だと、逆鱗を奪うという僕たちの目的は果たせないね」
「だったらマトンさん、俺たちは、どうやって戦おうってえのでさあ。酔わせたくらいで勝てる相手じゃねえはずですぜ?」
ショコラビスケの言葉を耳にしたキャロリーヌは、以前オイルレーズンから聞いた物語の一つを、ふと思い出すのだった。
昔、ローラシア皇国の宮廷が「金竜逆鱗を手に入れ、差し出してくれた者には、月系統の正統な継承者、レアレイズンとの婚姻を許す」と御布令之書を出した際に、それを見た貴族、バレル‐メルフィルが、金竜にたっぷりの酒を与えて眠らせた上で、うまうまと逆鱗を奪ったという逸話である。
「こんなに大きな樽のお酒を飲み尽くせば、金竜だって寝てしまいますわね?」
「いいや、そう都合よくいかぬ。なにしろ、芋の酒は、かつてバレル殿が用意したのと種類が違うじゃろうからな。それに金竜も、祖先の過ちを教訓として、酔い潰れるほど多くは飲まぬよう、きっと心掛けておるわい」
「仰る通りですわね」
「さあて、雑談は終わりじゃわい。あたしらの戦法を話さねばなるまい」
「おうおう首領、早く聞かせて下せえ!」
「ショコラや、あわてるのでないわい」
オイルレーズンは、五杯目の薬草茶を飲み干した。
「お代わりが必要ですわね?」
「ふむ。頼むとしよう」
キャロリーヌが、向けられた茶碗を熱いお茶で満たす。
独特の香りが漂い、オイルレーズンが改めて話す。
「夕刻を迎える頃、酒樽の上蓋を割っておき、金竜を誘い出す。その間、あたしらは岩陰で身を隠し、相手が姿を現して酒を飲むのを待つ」
「奴が飲んでいるところを急襲するのですかい?」
「いいや違う。たとい相手が飲み終えても、あたしらは、しばらく息を飲み続けねばなるまい。金竜に、酒の酔いが回るまでのう」
「酔いが回ったか、どのようにして分かりますの?」
「業火を吐きおったなら、すっかり酔った証じゃよ」
「おう、それで今度こそ、急襲を仕掛けるのでさあ?」
「いいや、また違っておるわい」
「がほ、そうですかい……」
気落ちするショコラビスケを尻目に、オイルレーズンが続ける。
「業火を吐くのを合図として、キャロルとシルキーは空へ飛び、金竜の頭上、少しばかり高いところを旋回するのじゃ。相手の気を引くためにのう」
「分かりましたわ」
「きゅい!」
キャロリーヌとシルキーが担うのは、いわゆる「牽制」である。
ここへショコラビスケが懲りずに、またしても口を挟む。
「そいつは、かなり危なくねえですかい?」
「金竜討伐じゃから、危険があって当然じゃわい」
「俺だって重重に承知ですが、命懸けの役割をキャロリーヌさんたちに任せるのは、ちょっと無謀に思えますぜ?」
「キャロルは、死鏡を身につけておるのでな、金竜は攻撃してこぬ」
「そんなことを、一体どうして奴が分かるのでさあ? まさか、言葉で伝えてやるのですかい?」
「相手は利口じゃから、伝えずとも分かるはず」
「がほっ!? そうだとは知りませんでしたぜ……」
金竜は、ショコラビスケが思うよりも、ずっと頭の働く生き物だから、目前の者を攻撃してよいかどうか、いつも正しく見極めている。オイルレーズンが考えついたのは、それを逆手に取る策なのだった。




