《☆~ 金竜討伐の戦法(一) ~》
奥地へ進むにつれて、次第に泥と氷の湿地帯が広がってきた。
シシカバブ湖に近づくのは容易でないと覚悟していたけれど、オイルレーズンの想定が大きく外れてしまう。十七年前と違って、深い蒼色の土瀝青を敷いた道が通っているのだから、これは無理もないこと。
あまりの変わりように、かつての光景を覚えているマトンにしても、感嘆の言葉を発せざるを得ない。
「いやあ、見事に舗装できたものだよ」
「ふむ。最近になって、防竜砦ヶ村の者らが造りおったのじゃろう」
実際には、エルフルト共和国の国土省による多大な支援があったし、沢山の土瀝青を得るために、有能な錬金術者たちも粉骨砕身した。
そんな努力の賜物と呼ぶに値する路面を踏み締めながら、キャロリーヌも、明るい表情で声を上げる。
「とっても歩きやすいですわねえ」
「おうよ! 酒樽だってこんなに、よく転がりやがるぜ。がほほほ!」
一行は、しばらく口を閉ざして、黙黙と歩いた。
先頭を進んでいるマトンが、突如、嘆きの言葉を発する。
「ああ、なんという凄惨な仕打ちだろう!」
どういう訳か、まだ新しいはずの路面がところどころ割れたりして、道路の寸断された箇所も少なからず見えている。キャロリーヌとショコラビスケも、このような酷い光景を目の当たりにして、思わず眉をひそめた。
オイルレーズンは、平然とした顔面を崩さず、静かに口を開く。
「あたしらにとって便利な造成であっても、金竜なぞが見たなら、極めて目障りな代物なのじゃよ」
「そうするってえと、奴の仕業ですかい!?」
「むろん、その通りじゃわい。他に考えようがないからのう」
道の途切れている区間は、仕方なく湿地帯を歩く。樽は、泥の上だと転がしにくいため、その都度、ショコラビスケが担いで運んだ。
間もなく六つ刻を迎えるという頃、シシカバブ湖に辿り着く。予定より早い到達だったけれど、舗装された道路のお陰である。
「ここに金竜が現れるにしても、夕刻を過ぎてからのはずじゃし、それまで待たねばなるまい。兎も角、昼餉にするかのう?」
「おうおう! 丁度その刻限だと思っていましたぜ。がっほほほ」
夜中に仕留めた牙猪の肉が残っているので、キャロリーヌが干し芋と乾燥野菜も一緒に使って、煮込み料理を作る。
食事を済ませると、キャロリーヌは、毒消し十薬草の熱いお茶を用意した。オイルレーズンの指示である。
ショコラビスケは、手で鼻を覆いながら苦言を呈する。
「この風味だけは、どうしても苦手だぜ」
「あたくしは、美味しいと思いますわ。うふふ」
「魔女族は、こういうのがお好きですかい?」
「そうじゃとも。ショコラも少しは飲んでおくがよい。ここら不浄な沼地は、強い瘴気が満ちておるからのう。毒消しは大事じゃよ」
「へいへい、分かりましたでさあ……」
渋々ながら、薬草茶を口にするショコラビスケだった。
その一方で、オイルレーズンが三杯目を飲みながら発言する。
「さあて、金竜討伐の戦法を決めておくとしよう。まず、ショコラに一つ、釘を刺しておかねばならぬ」
「釘だなんて、俺の身体のどこに刺すつもりですかい??」
「胸の内じゃわい」
「がほっ!?」
驚愕の声を放つショコラビスケに向かって、マトンが説明を加える。
「首領の仰せになったのは、今の場合、本物の釘をキミの身体に突き刺すのでなく、《念を押して、厳重に注意しておく》という意味だよ」
「おう、そういうことですかい。俺は一瞬、逃げ出したくなったぜ!」
ショコラビスケは胸を撫で下ろした。
そんな彼を前にして、オイルレーズンが改めて口を開く。
「金竜を倒そうなぞと、決して思ってはならぬ」
「がっ、どうしてですかい?? 俺たちは奴を仕留めにきたはずですぜ?」
「いいや違う」
「そりゃまた、どういう訳でさあ!」
「あたしらは金竜を仕留めるのでなく、逆鱗を奪いにきたのじゃよ」
「奴を倒せば、それもごっそり頂戴できると思いますぜ」
「大狼や牙猪を相手にするのと同じようにはいかぬわい。完全に倒すのでなく、弱めるのを第一と考えねばなるまい。その上で、あたしらが逆鱗を得て無事に帰還できたなら、それで金竜討伐を果たせたと言えるじゃろう?」
「そりゃまあ、そうかもしれませんがね……」
ショコラビスケは、得心に至らないものの、オイルレーズンの言っている道理も正しいと、少しは分かるのだった。
 




