《☆~ 生け贄山羊の祭壇 ~》
エルフルト共和国が王国だった昔、ポワロ八世が王に即位した頃から、黄金色に輝く凶竜が度々、街や村にきて暴れるようになった。被害が甚大なため、不幸に見舞われた者たちは、なす術もなく混乱に陥る。
この騒動に業を煮やしたポワロ八世王が、御布令之書を出して、金竜討伐を呼び掛けた。
布令が王国中に知れ渡り、腕に自信のある探索者が挙って、アイスミント山岳の奥地へ赴くのだった。
しかしながら、金竜と戦って勝てるような者は一人としておらず、多くが命を落とすに至る。やがて誰もが、討伐なんて不可能だと、すっかり諦めてしまう。
「どうしようも、なくなりましたのね?」
「いいや違う」
「え、違いますの!?」
「討伐が無理なら、金竜を宥めようと考える者が現れおった」
雹は収まったけれど、厚い雲が広がったままで、厳しい寒さも残っている。
オイルレーズンが足を止め、ふと空を眺める。
「今から晴れるわい」
「あら、そうですの!?」
突如、雲に切れ間ができて、日の光が差してきた。
「あら、本当に晴れますわねえ!」
「ふむ」
誇らしげな表情を見せるオイルレーズンである。
キャロリーヌが、先ほどの話を続ける。
「それで、金竜を宥めるというのは、一体どういうことですの?」
「生きた山羊を供え、手懐ける策じゃよ」
「そうですか。生け贄にされるのはお可哀想と思いますけれど、ようやく、金竜の暴挙を阻止できましたのね?」
「いいや違う」
「あら、また違いますの??」
「肉なぞ食さぬ金竜に、山羊を与えたところで、どうにもならぬ。祭壇まで用意して進めた策は、まったくの徒労に終わってしもうた」
「そうですか。とうとう策が尽きましたのね……」
「いいや違う」
「えっ、まさか別の品目でも、お供えしますの?」
「そうじゃとも。芋が金竜の大好物と知っておる者がおってな、その話がポワロ八世王に伝わり、祭壇に供えてみたところ、街や村の被害に遭うことが減った」
「まあ、それはよかったですわ」
丁度、土塁の築かれている地点に到着した。
お馬の背丈三つ分くらいの高さを、ショコラビスケが見上げて問う。
「芋の酒がある祭壇ってえのは、これですかい?」
「そうじゃとも。樽が二つ置いてあるそうじゃから、ショコラが登って、一つだけ、向こう側に降ろしてくれるかのう?」
「へいへい!」
「綱を結んで、慎重に降ろすのじゃよ」
「承知でさあ!」
土を使って階段のように形を整えた部分があるので、そこへショコラビスケが足を乗せたところ、一瞬にして崩れ落ちてしまった。
「がほ!? 簡単に壊れますぜ??」
「ショコラの巨体は支えられぬのじゃな。仕方あるまい、崩れたところの土を、しっかり踏み固めて、斜面を造るがよい」
「了解でさあ!」
「それなら僕も手伝うよ」
「おうマトンさん、助かりますぜ!」
二人が協力して、数分刻のうちに、土塁の上まで届く道ができた。
ショコラビスケが登ってみると、フォカッチャが話していた通り、置き土産の酒樽が二つあった。そのうち一つに綱を結びつける。
風が吹いて、奇妙な音が鳴るけれど、ショコラビスケは気にしなかった。
地面に残った三人とシルキーは、土塁の反対側に歩いてきた。
この時、頭上から大きな声が響く。
「準備が整いましたでさあ!!」
「ならば、ゆっくり降ろすがよい」
この声が上に届き、酒樽が少しずつ降りてきた。
およそ二分刻で、ショコラビスケは無事に作業を終え、急ぎキャロリーヌたちのところへ駆けてくる。
「こいつを担いで運ぶのですかい?」
「いいや、横にして転がす方が楽じゃわい」
「おう、確かに仰る通りですぜ!」
早速、ショコラビスケが樽を倒す。
「ですが首領オイルレーズン女史」
「なんじゃな?」
「この祭壇は、難所じゃねえのですかい?」
「難所じゃわい」
「だけどよお、どこをどう見ても、ただの土塁でしたぜ」
「山羊の鳴くような音なぞ、してはおらぬかったか?」
「言われてみると、風が変なふうに鳴ってやがったなあ」
「それじゃよ。人族と魔女族が聞くと、偏執病を患ってしまう。危険極まりのない音じゃわい」
「この俺は、なんともなかったですぜ?」
「竜族や獣族ならば、どれだけ聞こうと平気なのじゃよ」
「そうですかい」
偏執病がどのような病気なのか、ショコラビスケは知らない。
兎も角、一行が、生け贄山羊の祭壇を後にする。




