《★~ 凍てつく山道 ~》
キャロリーヌたちも腰を上げて、シシカバブ湖を目指す。
しばらくの間、急な傾斜の坂道を登らなければならない。この先にも危険が待ち構えているだろうから、シルキーは、上空からの監視を怠らない。
吹き下ろす風が冷たく、次第に強まってきた。
「キャロルや、寒いじゃろう?」
「ええ、とっても」
「ならば、ショコラの後ろを歩くがよい」
「おうおう、この俺さまが、喜んで盾となりましょうぜ!」
「凄く助かりますわ」
「そりゃあそうでさあ。がっほほほ!」
ショコラビスケの巨体が、防風の壁として大いに役立った。
平民の蕎麦作地帯を後にしてから二つ刻という頃、空を飛んでいたシルキーが戻り、「前方から、フォカッチャ女史の率いておられる一団が、こちらへ向かって進行しています」と報告した。
それから四半刻ばかりが過ぎ、キャロリーヌたちの目前に隊列が現れる。先頭に立つ数人は、柄の長い槍を手にした偉丈夫である。
男どもの間から、一人の老婆が歩み出てくる。他でもなく、防竜砦ヶ村の長老、フォカッチャだった。
「オイル婆さん、ずいぶんと久しぶりですな」
「確かにそうじゃのう」
「昨日は、伝書をシルキーに届けさせて下さり、助かりました」
「なんのなんの、そなたの役に立てたのでな、彼も喜んでおるわい」
「きゅい!」
「祝着ですな」
フォカッチャは、満足そうな気色を見せ、さらに言葉を重ねる。
「ところでオイル婆さん、これから金竜討伐へと向かうのですね?」
「まさに、その通りじゃよ」
「でしたら、芋の酒を進呈しましょう」
「ほほう、ありがたいわい」
「シシカバブ湖の手前にある難所、生け贄山羊の祭壇と呼ばれる土塁をご存知かと思います」
「知っておるとも」
「土塁の上に、置き土産の酒樽が二つありますゆえ、どうぞお使い下され」
「ふむ。遠慮なく頂くとするかのう」
長々と立ち話をしていると身体が冷えてくるから、たとい名残惜しくとも、オイルレーズンは、フォカッチャに別れを告げた。
歩き始めるとすぐ、ショコラビスケが目を輝かせて尋ねる。
「首領、芋の酒ってえのは、美味いですかい?」
「あたしらが飲むためのものでないわい」
「だったら、一体どこの誰が飲むのでさあ?」
「むろん、金竜じゃよ」
「がほっ! 奴は、酒なんか飲みやがるのかよ!」
横からマトンが口を挟む。
「酔わせて、動きを鈍らせるのさ」
「がっ!? そんな卑劣な方法を使って戦おうだなんて、大陸一の剣士と讃えられておられる、マトンさんの振る舞いですかい!」
「いやあ、人族と剣で競い合うのなら、そんな真似、決してしない。あくまで相手が最強の凶竜だから使う、一つの策だよ。普通に戦って勝てる見込みは、砂粒の大きさすらもないからねえ」
二人の会話にオイルレーズンが割り込んでくる。
「ショコラが言ったのとそっくり同じような台詞を、十七年前、ヴァニラビスケが、当時のマトンに言っておったよ」
「俺の親爺が同じことを!?」
「ふむ。あたしとマトンによる説得が功を奏し、ヴァニラは渋々ながら賛同した上で、金竜討伐に参加しおった。じゃが、酒で動きを鈍らせたにも拘わらず、ヴァニラは、命を落としてしもうた」
「そうですかい……」
金竜の驚異的な強さを、改めて思い知るショコラビスケであった。
突如、キャロリーヌが甲高い声を発する。
「きゃあ、痛いですわ!」
「キャロルや、どうしたというのじゃな!?」
「今、小石のようなのが、あたくしの頭に落ちましたの」
「おお、雹じゃ。雹が降ってきおったわい。ショコラや、あたしらの笠を用意してくれるかのう?」
「へい!」
背袋に三つの笠が結びつけてあり、ショコラビスケが紐を解いて、オイルレーズンたちに一つずつ渡す。頑丈な竹で編まれており、頭に載せて、雹が身体に衝突するのを防ぐ。
シルキーも上空から戻って、急ぎマトンの肩に避難した。
「あら、ショコラさんは、笠をお使いになりませんの?」
「必要ありませんぜ。俺さまは、こんな氷の粒、痛くも痒くもねえですから!」
「まあ、ずいぶんお強いですわねえ?」
「おうよ!! がっほほほ!」
「錬金懐炉も、出してくれるかのう?」
「了解でさあ!」
今度は、平たい布袋が三人の手に渡った。錬金術によって作られた代物で、携帯する小型の暖炉だという。水で濡らすと熱が発生して周囲へ広がるので、懐に入れておけば、身体を温かく保てる。
これで雹と寒さに対する備えが整ったので、キャロリーヌたちは憂いなく、引き続き、凍てつく山道を進むのだった。