《★~ 蒼の洞窟(二) ~》
釣りの競い合いには、キャロリーヌも、いわゆる「飛び入り」での参加を決め、オイルレーズンだけが一人、傍観者に徹する。
少しばかり緊張した面持ちのキャロリーヌに、マトンが微笑みながら問う。
「確か、魚釣りは二度目になるね?」
「仰る通りですわ。以前、パンゲア帝国の王室へ訪れました折が、初めての体験でしたから」
黄土色湖畔へ散策に出掛けた時の思い出が、キャロリーヌの脳裏に蘇った。
開始早々、ショコラビスケが一匹目を釣り上げるけれど、その獲物は、残念ながら、小さな山岳泥鰌だった。
こうして、三人による競い合いが半刻ばかり続き、オイルレーズンが終了を呼び掛ける。
「さあてと。ここまでにするかのう」
「はい。あたくしは、蒼竜鯰が二匹だけでしたわ」
「僕は、鯰が二匹と泥鰌が五匹だったよ」
「つまり、俺さまが勝ちだぜ! がっほほほほ!!」
八匹の山岳泥鰌を釣ったショコラビスケは、誇らしげに胸を張る。
しかしながら、オイルレーズンが即座に異を唱える。
「違うわい」
「がほっ! 首領、違うってえのは、一体どういう訳でさあ!? 俺の釣った数が一番多いはずですぜ?」
「蒼竜鯰を釣る競い合いじゃったからな、キャロルとマトンが引き分けて、ショコラは負けたのじゃよ」
「がほ……」
肩を落とすショコラビスケであった。
マトンが火を熾し、鯰を姿焼きにする。発酵豆油を塗って調理するので、芳ばしい香りが辺り一帯に漂い、それのお陰で、ショコラビスケが元気を取り戻す。
「おう、美味そうな匂いだぜ! がっほほ!」
「本当にそうですわね。うふふ」
丁度ここへ、シルキーが飛んできた。
「あら、お帰りなさい」
「きゅれりぃー!」
「ご苦労じゃった。ブリオッシュに会えたのじゃな」
「きゅい!」
キャロリーヌが泥鰌を差し出すけれど、シルキーは「ありがとうございます。でも夕餉は済ませてきました」と辞退する。伝書を届けた謝礼で、一つ角穴兎の新鮮な肉を振る舞って貰えたという。
「ならば泥鰌は、油で揚げて、あたしらが食すとするかのう」
「ええ、是非そうしましょう」
「がほほ、そいつは名案でさあ!」
ショコラビスケが喜んで、背袋から丸鍋と菜種油を取り出す。
「味つけは、どのようにしますかい?」
「揚げた上で、塩をパラパラふり掛ければよかろう」
「了解でさあ!」
キャロリーヌたちが食事を楽しんでいる間、シルキーは自ら進んで偵察の任務を引き受けた。アイスミント湖の周辺を飛び回って、危険や異常な事態がないかどうか、目を光らせようというのである。
「いつもながら、懸命に働いてくれるものじゃわい。ふぁっはは!」
「ええ、ご立派な使い鷲さんですわねえ」
「その点は、この俺もよく分かっていますぜ。がほほ」
夕餉の後、キャロリーヌが用意した香草茶を飲みながら話しているところ、シルキーが舞い戻り、あわてた様子で報告する。
話を聞いたオイルレーズンが、思わず声を震わせる。
「なんじゃと、魔女族が倒れておるのか!?」
「きゅい!」
シルキーは見てきた状況を、ありのままに伝えた。魔女年齢で九十歳くらいの者が一人、湖の向こう岸に横たわっており、彼女のすぐ近くには、赤毛の牝馬も倒れていた。これは放っておけない事態だと判断したシルキーは、「もしもし、大丈夫ですか?」と二度ずつ呼び掛けてみるけれど、なんら返答がなかった。両者ともに呼吸はあったので、ただ気を失っているだけらしいと推察し、知らせるために帰還したとのこと。
キャロリーヌが心配そうな表情で提案する。
「そのお方とお馬さんを、急ぎ救助しませんと!」
「ふむ。そうするとしよう」
オイルレーズンは三杯目の香草茶を飲み干し、直ちに腰を上げる。
「シルキーや、先に現場へ行って、悪い虫や鼠なぞが寄りついてこぬよう、しっかり見張ってくれるかのう?」
「きゅい!!」
威勢よく答えるや否や、シルキーは湖上を一直線、疾風のように飛ぶ。
「首領、キャロリーヌさん、俺の肩にお乗り下せえ」
「そうするとしよう」
「はい!」
「そんじゃ、しっかり掴まってて下せえよお!!」
ショコラビスケもまた、威勢のよい掛け声とともに駆け出し、マトンが後れを取らないように全速力で続く。