《★~ 蒼の洞窟(一) ~》
やがて川はすっかり消えてしまい、おそろしい毒蟹の姿もなくなった。
「マトンさんよお、危険な霧の渓谷が、ようやく終わりですかい?」
「うん、その通りだよ」
「怪我もなく、こうして無事に進めてよかったぜ。がほほほ!」
喜びを顔面で表わすショコラビスケだった。
キャロリーヌがオイルレーズンの方を見ながら、ふと抱いた疑問を口にする。
「先ほどの渓流は、どのようにしてできますのかしら?」
「山の内部に湖があってな、その水が地中を通って湧き出ておるのじゃよ」
「あら、そういう仕組みですのね」
突如、崖の上から、白頭鷲が疾風のように舞い下ってきた。
「あらシルキーさん、お帰りなさい」
「きゅれりぃー!」
「ご苦労じゃった。フォカッチャに会えたのじゃな」
「きゅい!」
防竜砦ヶ村の長老と金竜討伐隊がどういう状況にあったか、シルキーが詳しく説明してくれた。
その話によると、シシカバブ湖に到達する手前の難所で、一人だけが集団から逸れてしまうという事態が起きたらしい。そのため今日まで懸命に捜し続け、先ほどやっと見つけ出すことができた。その者は両足を負傷しており、自力で動けないけれど、兎も角、命に別状がなかった。シルキーが届けた伝書で村の一大事を知った長老は、金竜討伐の即刻中止を決断するに至る。
「つまり、フォカッチャらは、こちらへ向かっておるのじゃな。ブリオッシュも大いに気掛かりじゃろうから、一刻でも早く知らせてやるのがよいわい」
「そうですわね」
「ショコラや、道具を頼む」
「了解でさあ!」
ショコラビスケは、背袋の中から筆と木材製紙を取り出す。
オイルレーズンが受け取り、シルキーから聞いて知り得たフォカッチャたちの動向を簡潔に記す。
「ブリオッシュは、防竜砦ヶ村から南の渓谷に沿って斜面を西へ進んだ先、馬栗の樹林を抜けたところへ行っておる。急ぎ届けてやってくれるかのう?」
「きゅい!!」
伝書がまた一つ、シルキーに託された。
キャロリーヌたちは、乾いた岩場を進む。谷の幅が次第に狭くなり、ついに左と右の崖がぶつかる地点に到達した。目前に巨大な岩が横たわっている。
「おうおう、行き止まりですぜ!?」
「いいや違う」
「がっほ! まさか、こんな絶壁を登ろうってえことですかい?」
「いいや、それも違っておるわい」
オイルレーズンが、真っすぐ前方を指差す。
「岩の裏へ回ると、地面に穴があってな、蒼の洞窟へ続いておる」
「洞窟ですかい??」
「そうじゃとも。さあ進むとしよう」
「へい、分かりましたでさあ!」
ショコラビスケが松明を持ち、意気揚々と先頭に立つ。
地面が裂けるようにしてできた穴は、緩やかな下り坂になっていた。歩き続けて一つ刻ばかり経った頃、先の方から光が見えた。
さらに四半刻を掛けて進み、広い空間に辿り着いた。壁や地面が蒼い輝きを放っている。
「地面の中だってえのに、やけに明るいでさあ!」
「本当に美しい光景ですこと!」
「ここが蒼の洞窟じゃよ。蒼竜石と呼ばれる発光鉱石を沢山含むのでな、このように輝いておる」
もう少し先へ進むと、目前に湖が広がっていた。
いっそう蒼い水面が静かに揺れており、キャロリーヌが感嘆の声を上げる。
「あら、まさに蒼の湖ですわ!」
「アイスミント湖という名じゃよ。地中でシシカバブ湖と繋がっておる」
「そうしますと、不浄な水ですの?」
「いいや、シシカバブ湖とは違って、不浄というほど悪くはないわい。毒蟹なぞもおらぬよ。ふぁっはは!」
「それは安心ですわね」
夕刻を迎えているから、この場所で夜を過ごすことに決まった。
オイルレーズンがショコラビスケに向かって話す。
「蒼竜鯰というのがおるから、釣ってみるがよい」
「そいつは美味いですかい?」
「味のよさじゃったら、銀竜鯰に劣らぬわい」
「おうおう、そうと知ったからには、釣り好きの俺さまが活躍しますぜ!」
ショコラビスケが背袋を地面に置き、早速、鯰を釣る仕掛けを用意する。
「マトンさんも、やりなさいますかい?」
「そうだね」
「だったら、どちらが多く釣るか、競い合いましょうでさあ!」
「受けて立つよ」
マトンは意気込んで、挑戦に応じるのだった。