《★~ トロコンブ遺跡(六) ~》
この山岳地帯で、キャロリーヌたちが六日目を迎えた。朝餉を済ませて、仕度も万端に整い、トロコンブ遺跡へ向かって出立する。
昨日は、四階層まで進んだ。魔獣化した小型の黒毛鼬鼠が沢山いて、討伐を終える頃には、夕刻を迎えつつあった。いよいよ今日、最上階へ赴くということで、一同は、少なからず緊迫感を漂わせながら歩く。
キャロリーヌが眉をひそめて問い掛ける。
「おそろしい大型の獣が棲んでいますのかしら?」
「三十五年ばかり昔にきた折、五階層では、魔獣化した灰色熊と遭遇した」
「討伐できましたの?」
「ふむ。大勢で協力し、辛うじて一頭を仕留めた」
「おうおう、俺さまの親爺も、素晴らしい働きをしたに違いないでさあ!」
「ヴァニラビスケは噛まれてしまい、大声で泣いておった」
「がほっ、そりゃあ本当で!?」
「もちろんじゃとも」
「がほほほ、親爺……」
他愛のない会話をしているうちに、遺跡の入り口に着く。トングが纏めてお代を支払ってくれているので、速やかに入場できた。
この山城が造られたのは、二千と数百年の昔で、まだ錬金術者の数が少なく、調合できる混凝土の量も僅かだった。そのため、材料には、山から切り出した自然の岩石を使っている。
巨大な石を積み上げる際、隙間ができないように加工するなど、色々と工夫が凝らされたという。それでも永い年月を経ると、割れたり削れたりして、ずれができてしまう。
「脆い箇所が多くなっては、床や壁の崩れる危険が生じるわい」
「まあ、いけませんわねえ」
「じゃから、この地の者たちが、接合剤を使って修理を続けておる」
「大変なご苦労をなさっておいでなのね……」
キャロリーヌは胸の内で、アイスミント山岳民族に敬意を表した。
魔植物が伸びており、昨日と同様、先頭に立ったジャンバラヤ氏が、鎖鎌を自在に繰り出し、障害となる要因を刈り取りながら進む。万が一の事態に備え、いわゆる「退路」を確保するのである。
「先日の竜族たちには、こういう地道な準備が欠けておったのじゃろうな」
「探索者にとって、第一に必要なのは、生きて戻ることですものね」
「その通りじゃよ。決して忘れてはならぬ」
「はい!」
三階層には、魔獣化した山猫の姿が二つだけあった。ショコラビスケが即座に対処する。
魔獣は、三回ほど気絶させられると、たいてい元の自然な姿に戻る。できる限り動物の命を奪いたくないと考えるショコラビスケは、殴る力を抑えるように心掛けている。
それから四階層を通り過ぎ、石の階段を登り詰めたところ、獣の潜んでいるような気配は、まったく感じ取れなかった。
「今日はおらぬようじゃな」
「拍子抜けだ! 灰色熊がいたら、オレさまが相手してやったのに!」
ジャンバラヤ氏が、苦笑いを浮かべながら気焔を吐いた。
それでも警戒だけは怠らず、一行は奥の間へと進む。先頭にいるマトンが真っ先に気づく。
「あれっ、誰かいるよ!」
「おうおう、魔女族の子供ですかねえ??」
怪訝そうな表情のショコラビスケである。
当然のこと、他の者も皆、「どうして少女がたった一人、こんな場所にいるのだろう?」と不思議に思わざるを得ない。
身体はキャロリーヌより少しばかり小さいようで、人族年齢だと十三歳くらいに見える。
相手も、こちらの存在に気づいたらしく、ゆっくり頭を動かす。右手に奇妙な杖を握っており、顔面は蒼白く、一切の感情が窺えない。その異様な姿に眼差しを向けながら、オイルレーズンが低い調子で囁く。
「まさか、機械人形かのう……」
「一体なんですかい??」
「人族や亜人類の姿を模した魔法具の一種じゃよ」
「どうして、そのような機械が、ここにありますの?」
「こればかりは、あたしにも分からぬわい」
鎖鎌を掲げたジャンバラヤ氏が、意気揚々と歩み出る。
「よおし、オレさまが確かめてやる!」
「アンドゥイユや、くれぐれも気を緩めてはならぬよ」
「大丈夫です。オイルレーズン女史は、高みの見物をしていて下さい」
ジャンバラヤ氏は、綽綽の余裕顔で進む。
突如、少女が杖を水平に持ち上げ、赤色の輝きを発する。
「うわぁ、熱い!!」
鎖鎌の刃が溶けてしまい、液状となって床に流れ落ちた。
そして、機械人形の杖から、再び赤熱光が放たれる。