《★~ トロコンブ遺跡(三) ~》
食卓には、根菜と笹栗の炊米飯、塩をふり掛けて焼いた山女魚、発酵豆油の味をつけた蒸し芋、笠茸のスープ、および乳酪巻き麺麭と野菜汁が置かれていた。
追加で牙猪の生肉も用意して貰い、ショコラビスケはもちろんのこと、シルキーも喜んで食した。
夕餉を終えた後は、今夜もトングが加わり、氷薄荷茶を飲みながら過ごす。
パンゲア帝国で起きていた大動乱が話題に持ち上がり、オイルレーズンが説明しているところ。
「帝国内の騒ぎそのものは、ローラシア皇国が派遣した部隊の働きがあって、もう収まっておるようじゃが、以前と同じ状況に戻った訳でもない。国外へ逃れる若者も多いらしい。帝国の王室にしてみれば、相当に深刻な事態じゃろうな」
「まさに、首領の仰る通りだと思います」
マトンは、神妙な表情を見せる。
その一方で、キャロリーヌが率直に問う。
「帝国で竜族兵が減りますと、悪い事態ですの?」
「俺もそれが疑問だぜ! なにしろ、帝国の領土に束縛されていた奴たちを救い出そうと、俺たちが苦労に耐え抜いて魔石を粉砕したのには、パンゲアの兵力を削ぐ狙いもあったはずでさあ。それがうまく功を奏したってえのに、喜ばしくないのですかい?」
「予想を大きく上回って、功を奏し過ぎてしもうた。なにごとにおいても、均衡は大切じゃからのう。今のように帝国王室の力が弱いと、再び大きな動乱があるかもしれぬ」
「騒ぎが起これば、皇国が手助けすれば済むでさあ?」
この問いには、オイルレーズンに代わってマトンが答える。
「いつ動乱が起こるか分からない状況は、なかなかに困るのだよ。例えば、小麦も高価となるだろうし」
「がほっ、小麦ですかい??」
「そうだよ。ショコラがさっき十個も食した乳酪巻き麺麭にしても、作るためには小麦が必要だから、同じように高くなってしまうのさ」
「マトンさんよお、俺は、牛肉が高くなけりゃ、そんなに困りはしませんぜ?」
「いや、なにも小麦だけに限ったことじゃないよ。牛たちの食す草も高くなり、それがため、牛肉だって値が上がるからね」
「おうおう、そいつは大いに困っちまうぜ!!」
「あたくしは、食材の高騰も少なからず心配になりますけれど、動乱の起こるために、多くの方々がお怪我をなさってしまうのが、一番に気掛かりですわ……」
深刻そうな顔面のキャロリーヌである。
「キャロルの言う通りじゃわい」
「おうおう、俺もまったくそうだと思いますぜ!」
「兎も角、今夜のところは早く休むとしよう。明日、あたしらは山登りをするのじゃからな。ふぁっはは!」
「はい、そうですわね」
夜が更けてきたので、一同は、それぞれ部屋で眠りに就く。
次の日、キャロリーヌたちが出立する頃、竜族の五人集団は、既にトロコンブ遺跡へ向かって、樹林の中を意気揚々と進んでいた。
・ ・ ・
夕刻、山荘にキャロリーヌたちが戻ってくると、トングが待ち侘びていた。
「オイルレーズン女史!」
「そんなにも深刻な顔をして、一体どうしたのじゃ?」
「お聞き下さい!」
「しっかり聞いておるわい。じゃから、落ち着いて話すがよい」
「はい、済みません。竜族たち五人の集団は、今朝、張り切ってトロコンブ遺跡へ向かいました。それが、一つ刻もしないうちに帰ってきたのです。しかも皆、少なからず怪我を負っていました!」
「魔獣討伐は、失敗に終わったというのか?」
「はい、その通りでございます。大失敗ですよ、まったく!」
トングは、早口で詳しく話す。探索に出向いた竜族たちは、遺跡を順調に進むけれど、三階層で遭遇した中型の魔獣から攻撃を受け、辛うじて逃げ延びてきた。使用人の中に医療学者がいて、急ぎ治療を施した。五人は、泣きながら休息して、その後、中腹門に向かったという。
「今頃はもう、街の宿屋に着いているでしょう」
「ふむ。それならば仕方あるまい。約束しておった通り、魔獣討伐は、明日からまた、あたしらが引き受けるとしよう。やれやれ……」
「もっと骨のある奴たちかと思ったけどよお、案外、他愛のない駆け出し連中に過ぎなかったぜ。がほほほ」
「でも、お命を落とされなかったのは、なによりと思いますわ」
「その通りじゃわい」
結局、あと二日間、山荘で滞在することが決まった。




