《☆~ 魔女の頼みごと ~》
マーガリーナがオイルレーズンを邸内に招き入れることを提案したから、グリルもそれに賛成し、魔女を連れて談話室に移動した。
三人で茶を飲み、少し落ち着いたところで、グリルが、半年前に目の当たりにしたアタゴー山での悲劇を話した。ドライドレーズンの最期を聞かせたのである。
オイルレーズンは、その件については誰か別の者から聞いていたらしく、驚くような様子を見せなかった。そして、娘が迫害を受けているというのに、どうして傍にいてやれなかったのかという理由を、グリルたちに説明することにした。
「その頃あたしゃ、ゴンドワナ地方の果てまで旅に出ておった。幻の調味料と呼ばれておる白竜髄塩を探し求めるために、アラビアーナへ向かったのじゃ」
ローラシア皇国の北東にパンゲア帝国の領土が広がっている。国土の東部一帯をゴンドワナ地方と呼んでいて、その極東にアラビアーナという古い街があり、竜髄塩の名産地として有名である。
しかしながら、この頃には、白竜はもう絶滅しており、アラビアーナでも白竜髄塩を手に入れるのは、なかなかに難しかったのだという。
それでも根気よく歩き回り、最後は「アラビアーナの地下迷宮」と呼ばれる魔窟に入り、そこで商売を営んでいる小妖魔から、どうにか白竜髄塩の小瓶四本を買い取ることができたのである。
オイルレーズンが、そのうちの一本を手渡してきた。
受け取ったグリルは、瓶の紙片を確かめ、驚き顔で尋ねる。
「このように希少で高価な合成調味料を、頂いてよろしいのでしょうか?」
「なんのなんの、孫を今日まで育ててくれた、ほんの細やかな礼じゃ。ふぁっはっははぁ、あがぁ顎が、顎が痛い!」
「あらあら、オイルレーズンさん、しっかりなさって!」
「いいや大事ない。いつものことじゃ。それよりグリル殿、この調味料を使って、なにか温かい料理を作ってくれぬかのう。それを食いさえすれば、あたしの顎の調子はよくなるのでなあ」
「おやすいご用ですとも」
二等調理官のグリルが腕によりを掛け、銀竜鯰のソテーを作り、大人たち三人で食した。
そしてオイルレーズンは、グリルとマーガリーナに頼みごとを一つする。
「あとしばらくの間、ラムシュレーズンの面倒を見てくれぬか。あたしゃまた旅に出にゃならんのでのう。今度はエルフルト共和国じゃ」
グレート‐ローラシア大陸の北西部分に位置するエルフルト共和国は、ローラシア皇国の次に広い領土を持つ国家で、軍事では、この大陸で一番の強国である。
グリルが、興味津々のような表情で尋ねる。
「またなにか、幻の調味料を探し求めにゆかれるのですか?」
「ふむ。確かに幻ではあるが、調味料というより、秘薬なのじゃ」
「秘薬とは?」
「金竜逆鱗という万能の特効薬じゃ。聞いたことはあるかのう」
「ええっ、そのような!!」
「まあまあ、なんとも!!」
グリルとマーガリーナが同時に驚嘆の声を発した。
驚くのも無理はない。なにしろ、極めて狂暴な気性を持つことで有名な金竜の逆鱗なのだから。それを奪おうとすれば、猛反撃を食らい、たいていの者が焼き殺されてしまうのだと古くから言い伝えられている。
話に聞いたことはあるけれど、見たことのない希少な薬で、価値の高さが白竜髄塩ですら、とうてい及び得ないほどの極上等品目だという。