《★~ トロコンブ遺跡(一) ~》
トングが少しの迷いもなく、首を縦に振ってのける。
「もちろんのこと、オイラの言葉に偽りはありませんよ」
「ふぅむ。トロコンブかのう……」
それは、アイスミント山岳の中腹、広い樹林の中央にある遺跡で、上級探索者を目指す者なら、いつかは挑んでみたいと思う魔窟の一つ。
しかもオイルレーズンにとって、忘れられない場所なのだった。
「今から三十五年ばかり昔は、誰もが自由に入場できたものじゃわい。あたしは竜族たちが多くいる集団に加わり、大陸のあちこちを探索しておった。トロコンブにしても、一度だけ出向いたが、収集品の分配で不満が多く、首領と対立があってな、竜族の二番手と三番手に誘われ、集団から抜け出たのじゃよ」
「おうおう、その二番手が、俺さまの親爺ってえ訳でさあ!」
「いいや違う」
「がほっ、違っていますかい!?」
「ふむ。ショコラの父親、ヴァニラビスケは三番手じゃったわい。まあ、どうでもよいがのう」
「がほほほ……」
「兎も角、その後、入場するのに金貨が必要となってしもうた。しかも、枚数は次第に増え、今では、一人につき三百枚を出さねばなるまい」
オイルレーズンは、嘆かわしそうな表情を見せた。
代わってトングが口を開く。
「金貨は、山岳や遺跡を保全するために使います」
「それは重重に分かっておるわい。じゃがどうして、あたしらの分まで支払ってくれるのか、少しばかり気になってのう。なにか魂胆でも、あるのじゃろう?」
「包み隠さず、正直に話しましょう。実は近頃、トロコンブを訪れる探索者が減ってしまったことで、逆に魔獣が増えました。やがて遺跡が壊されてしまうのではないかと懸念が生じ、オイラたちは困っています」
「ふむ。やはり、そんな事情を抱えておるのじゃな」
オイルレーズンは、ようやく得心に至る。
この時、ショコラビスケが、ふと思ったことを口にする。
「だったら金貨の支払いなんて、一切なくすといいでさあ?」
「それも違うわい。そうしてしまうと、探索者がまた大勢押し寄せ、遺跡が以前のように荒らされるでのう。探索者と魔獣、どちらが増えても困るのじゃろう」
「はい。そこで、せっかくお越しになった優秀な探索者集団と見込んで、あなた方に、魔獣討伐をお頼みしたいのです。お引き受け下さいますか?」
「どうしたものかのう……」
しばらくこの辺りで滞在するつもりだったけれど、遺跡探索が長引くと、それだけ金竜討伐は先延ばしとなってしまう。
横からマトンが口を挟んでくる。
「首領オイルレーズン女史、五日くらいなら、丁度よくありませんか? なにしろ僕は、まだ新しい剣の扱いに慣れていませんからね。魔獣討伐ともなれば、打ってつけの鍛錬になるでしょうし」
「俺さまだって、金竜と相見える前に、トロコンブでもどこでも、身体を動かしておくのは都合がいいでさあ。がほほ!」
「ふむ。キャロルは、どう考えるておるじゃろうか?」
「あたくしは、トングさんたちがお困りのようですから、是非お助けして差し上げるのがよろしいかと思います」
「そうじゃな、ここは一つ引き受けるとするかのう」
「ありがとうございます。どうか、よろしくお頼みします」
このように話が決まり、キャロリーヌたちは、翌朝から五日間、山荘を拠点にして、魔獣討伐に向かうこととなる。トングと二人の使用人、そしてシルキーも同行する。
約束していた通り、入場に必要な金貨は支払って貰えた。
「オイラたちも、一緒に入った方がよろしいでしょうか? 足手纏いになってしまうなら、ご迷惑でしょうから、ここでお待ちしていますけれど」
「安全のため、そうするがよい」
トングと使用人たちを残し、オイルレーズンの集団だけが奥へと進む。
この一帯で遥か昔、アイスミント山岳民族が斜面に高く砦を築き、五階層の堅牢な山城を建築し、他の民族が侵入するのを阻んでいた。その大部分が形を残して魔窟となった。これがトロコンブ遺跡のすべてである。
最初の二日間で、砦のすぐ内側に茂る魔植物を刈り取り、一階層と二階層に棲む小型の魔獣を一掃した。




