《★~ 驢馬の山岳風焼き肉 ~》
日の光が弱まるにつれ、あちこちから魔夜鷹の怪しげな鳴き声が響く。
ショコラビスケが、神妙そうな表情で話す。
「あの音を近くで聞いちまうと、子供は精神を悪くするぜ」
「ははは、そんなの百も承知さ」
「一分刻でも早く、山荘へ帰った方がよくねえですかい?」
「オイラなら、これを使うから平気だよ」
トングは、民族衣装の小物袋から木の実を二つ取り出して、耳の穴を塞ぐ。
「おうおう、そんな道具を用意してたのかよ!」
この時、どういう訳か、茂みが妖しく輝いた。
ショコラビスケが真っ先に気づき、あわてて知らせる。
「おう、なにかいやがるぜ!!」
「え!?」
キャロリーヌたちが、いっせいに視線を向けた。
次の瞬間、茂みの中から、黄色い光を放つ獣が姿を現す。マトンが剣を構え、突進してくる相手と向き合う。
「えやっ!」
獣は、魔獣骨剣で首を貫かれ、「ひひぃん!」といななき、地面へ転がる。同時に、眩い輝きは消えてしまった。
注意を促したショコラビスケと俊敏に対処したマトンのお陰で、誰も怪我をしないで済んだ。
オイルレーズンが、目を細めながら話す。
「キャロルや、これも珍しい獣の一つ、発光驢馬じゃよ」
「あら、そうでしたのね」
キャロリーヌが腰を落として見たところ、地面に横たわる獣は、まるで眠ったように穏やかな表情で、とっくに絶命していた。
「驢馬の肉は久しぶりだぜ!」
「ショコラや、運んでくれるかのう?」
「へいへい、承知でさあ!」
ショコラビスケが、発光驢馬を軽々と担ぐ。
「さあて、獲物も手に入ったのじゃから、さっさと帰ろうか。ふぁっはは!」
「ええ、そうしましょう」
こうしてキャロリーヌたちは、進んできた道を引き返す。
トングが一緒に歩きながら、オイルレーズンに問い掛ける。
「今夜は、どこかにお泊りでしょうか?」
「ふむ。少し戻ったところにある、大木の小屋じゃよ」
「もしよろしかったら、オイラの住む山荘に、皆さんでご宿泊になってはいかがでしょうか。もちろんのこと、金貨をお支払いになる必要など、毛頭ありません。足の怪我を治して貰ったお礼ですから」
「嬉しい申し出に違いないが、そのような話を、子供が勝手に決めてよいものじゃろうか?」
「なんら支障はございません。なにしろ、山荘を営むのは、他でもなく、このオイラ自身ですから」
得意気な表情を見せるトングであった。
ここへショコラビスケが口を挟む。
「山荘は、痩せ細った婆さんが管理していたはずでさあ?」
「オイラの祖母だよ。長い間、ずっと重い病に苦しみ、七日前に、とうとう他界してしまった。オイラが、たった一人の身内だから、山荘を引き継いだのさ」
「それなら決まった。数日間、よろしく頼むぜ。がほほほ!」
急きょ宿泊の場所が変わり、向かう途中、大木の小屋に立ち寄って、マトンとショコラビスケが荷物を運び出す。
シルキーも連れてしばらく歩き、山荘に到着した。
「その驢馬を、料理人に任せてはどうでしょう」
トングの提案に、オイルレーズンは首を縦に振って答える。
「ふむ。どんな料理になるか、楽しみじゃわい。ふぁっはは!」
山荘には温泉が備わっており、使用人が案内してくれる。夕餉の仕度が整うまでの間、ゆっくり湯に浸かり、旅の疲れを癒すのだった。
料理人の腕は確かで、食卓に置かれる「驢馬の山岳風焼き肉」は、格別な逸品となった。他にもいくつか、山の幸を食すことができた。
豪勢な食事の後、氷薄荷茶を飲みながら、楽しく話して過ごす。
トングが、また一つ新たな提案を試みる。
「ところでオイルレーズン女史、明日は、オイラと一緒に、トロコンブ遺跡を探索してみませんか?」
「あそこへ入るのに、三百枚の金貨を出す必要があるからのう、探索なぞ、とてもできるものでないわい」
「入場するための金貨でしたら、皆さんの分を、オイラがお支払いします」
「なんじゃと、それは本当か!?」
治癒魔法で怪我を治して貰ったにしても、「果たして、そこまでのお礼をするものじゃろうか?」と、俄かには信じ切れないオイルレーズンだった。




