《★~ 老魔女の決心(三) ~》
しばらく沈黙が包んでいた第三玉の間に、チャプスーイの声が響く。
「案件、水準の一‐アラビアーナの地下道路を造る策の対処について、これより決します。道路造りに賛成される方は、挙手して下さい」
ボイルド、オマール、チャプスーイが賛成を表明した。
「それでは、道路造りに反対される方は、挙手して下さい」
手を挙げるのは、ジェラート、ピック、アカシャコだった。チャプスーイの言葉が続く。
「賛成三、反対三、浮動一です。この結果に従いまして、本件の対応方針は、皇帝陛下の、ご意向を仰ぐことと相成りました」
第三玉の間で行われる多数決では、浮動を無視してよいけれど、賛成と反対が同じ数の場合、皇帝陛下にお決め頂くという、特別な規則が用意されている。
八人が神妙な面持ちで息を飲みながら、陛下のご尊顔を拝する。
「アラビアーナの地下道路、これ、造ってはならぬ」
この貴いお言葉を受けて、キャロリーヌたちが手を打ち鳴らす。
拍手の音が鳴りやむのを待ち、チャプスーイが宣告する。
「道路造りについて、反故と決しました。これにより、案件、水準の一‐アラビアーナの地下道路を造る策は、すべて解決と相成りました」
反故は「無用のもの」という意味で、提案した本人にしてみれば、誠に遺憾に違いないけれど、皇帝陛下のご判断は、絶対的に受け入れなければならない。
予定していた協議がすべて終わった。
「これにて、本日の臨時会合を閉会と致します。皆さま、大儀でした」
大きな拍手の音が鳴り響く。
祝着の雰囲気が漂う中、オイルレーズンがおもむろに言葉を発する。
「皇帝陛下の御前と重重に承知の上、この老魔女から、決心を一つ伝えさせて頂きたい」
「どういうことでしょうか?」
怪訝な表情でジェラートが尋ねた。
他の者たちからも注目が集まる中、オイルレーズンが返答する。
「あたしゃ、栄養官の職を辞する」
「えっ、それは本当ですか!?」
「もちろんじゃとも。あたしが使命をお引き受けしたのは、皇帝陛下のお考え遊ばす国策に、紛れもなく賛同したからに相違ないが、あたしにとっても、まさしく都合のよかったからじゃよ。なにしろ、強い竜族を育て、念願にしておった金竜討伐探索の集団に加えられるからのう」
オイルレーズンは、重々しい口調で話した。
それは、この老魔女が栄養官という官職を立ち上げた頃のこと。竜編笠茸を採集する目的でトリガラ魔窟を探索する任務を最後として、辞職するつもりにしていたけれど、栄養官の長官に相当する立場を捨てる訳にいかなくなったという。
「忌々しいバゲット三世骨折事故があり、パンゲア帝国は、ファルキリーを差し出せと要求してきおった。それを、なんとしても阻止せねばならなかった。あの白馬は、悪い魔法で姿を変えられてしもうた、人族の少女なのじゃから」
「ええっ、そんな真相があったとは!!」
ジェラートは、驚愕のあまり声を発すると同時に、かつて深く愛した美しいお馬の正体を、無性に知りたくなるのだった。
「オイルレーズン女史、その少女は一体どこの誰ですか?」
「皇帝陛下はご存知遊ばすが、念のため、他の者には伏せておくとしよう。万が一にも、ベイクドアラスカの耳にでも入ると、ファルキリーに危険が及ぶおそれが、少なからずあるからのう」
「やむを得ませんね……」
「ふむ。その後、あたしは停戦交渉という名目で帝国へ赴き、魔石粉砕作戦の任務に就いておったから、今日に至るまで、辞職の機会を逃し続けた」
「この先は、金竜討伐探索の準備に勤しまれるのですね?」
問い掛けたのはチャプスーイである。
オイルレーズンは、迷わず首を縦に振る。
「その通りじゃわい。金竜討伐には、キャロルにも参加して貰う。さあ、自らの進退を伝えるがよい」
「はい。あたくしも、栄養官の職を辞しますわ」
「分かりました」
チャプスーイが周囲を見渡した上で、言葉を重ねる。
「オイルレーズン一等栄養官、並びにメルフィル三等栄養官は、本日この刻限、宮廷官職を辞任されます。誠に大儀でした。皆さま、どうぞお手をよろしく」
第三玉の間に手を打つ音が鳴って、二人の退官式が簡潔に済んだ。
後日、退官給金として、オイルレーズンに一千五百枚、キャロリーヌに五百枚、金貨が与えられる。




