《★~ 老魔女の決心(一) ~》
本日、ローラシア皇国宮廷の第三玉の間で、臨時の会合が行われる。開催を決めたのは、一等政策官のチャプスーイ‐スィルヴァストウンである。
その会合へ向かう途中、オイルレーズンがキャロリーヌを連れて、政策官事務所に立ち寄った。
談話室の中に、チャプスーイ、および二十年ばかり昔に一等医療官の職を退官した老齢男性のアカシャコ‐ラブスタが待ち合わせていた。
部屋に入ったところ、オイルレーズンの身体がよろめいてしまう。
「あ、一等栄養官さま!」
キャロリーヌが咄嗟に動き、か細い身体を支えた。
オイルレーズンは、辛うじて転倒を免れる。
「急に眩暈してしもうたわい。ふぁっはは、うっ……」
笑みを浮かべようとするけれど、その逆に、顔面を歪めることとなる。
この危なげな光景を目の当たりにしたアカシャコは、少なからず心配そうな表情で進言を試みる。
「オイルレーズン女史、油断は命取りです。安静になさるとよい」
「もう平気じゃよ。この通り、ぴょんとな。ふぁっはは!」
威勢よく跳ねてみせるオイルレーズンである。
アカシャコが思わず苦言を呈する。
「老魔女の冷や水というものですよ」
「そう仰せになるアカシャコ殿にしても、お歳を重ねたであろうが、今なお、各地を転々と飛び回り続けておられるのでは?」
「これでも儂は、まだまだ壮健ですからね。わははは!」
ここへキャロリーヌが口を挟んでくる。
「高名な医療学者でいらっしゃる、アカシャコさまですね?」
「どのくらい知られているかは別として、確かに儂は、そういう名だよ。ところでお嬢さんは、どなたですかな?」
「あ、申し遅れまして、大変申し訳ございませんでした。あたくしは、三等栄養官の任に就かせて頂いております、キャロリーヌ‐メルフィルです。どうぞ、よろしくお願い致します!」
「丁寧な挨拶をなさる。メルフィル公爵家のご令嬢だったとはね。さすがに、あのご夫妻が大切にお育てなさった娘さんだ」
「あら、父と母をご存知でいらっしゃいますの?」
「もちろんよく知っているよ。キャロリーヌ嬢のお父上、グリル殿は、紛れもなく一等栄光章に値する、とても優秀な宮廷官であられた。不測の事態がため理不尽にも失職なさり、その後、不治の病を患って、お亡くなりと聞き及んだ日は、残念至極と嘆かざるを得なかった。また二等医療官の職に就かれていたマーガリーナさんは、儂をよく助けてくれる、誠に素晴らしい仲間だった。彼女も若くして他界されてしまい、本当に、お気の毒の極みという一言に尽きる」
目から大粒の涙を落とすアカシャコである。
横からオイルレーズンが、少しばかり説明を加える。
「アカシャコ殿も、二等大綬章を授与されるほど輝かしい功績を残した上で、娘のオマールを一等医療官として育て上げた、立派な父親じゃわい」
「まあ、そうでしたのね!」
感心して目を輝かせるキャロリーヌだった。
その一方で、オイルレーズンは、一貫して傍観者の立場を続けていたチャプスーイに言葉を掛ける。
「エルフルト共和国は、どうじゃったかのう?」
「とても意義のある訪問となりました。ハタケーツ大統領と向き合い、真剣に議論を交わせたのです。今日これから皇帝陛下の御前にて、詳細にご報告させて頂きましょう。ただその前に、空席となっています相談役として、ラブスタさんを推薦するつもりです。いかがでしょうか?」
「なかなかによい考えじゃわい。反対する者なぞ、一人もおらぬと思うよ。それはそうと、あたしの方からも、決心を表明しようと考えておる」
「それは一体、どのようなことでしょう?」
チャプスーイが率直に尋ねた。
これに対して、オイルレーズンは平然と答える。
「一等栄養官の職を辞するのじゃよ」
「えっ、就任なされてから日も浅いでしょう。どういうご事情ですか?」
「詳しい話は会合でするとしよう。簡単に言っておくと、栄養官という官職を立ち上げたところで、あたしの役割は終わった。ふぁっはは!」
「そのようにお考えとは、砂粒の大きさすらも知りませんでした」
「ふむ。おお、臨時会合の始まる刻限が近いわい。そろそろ向かうとするか」
オイルレーズンたちは、政策官事務所を後にする。




