《☆~ 獣骨加工所 ~》
ホイップサブレーの工房を出た後、マトンは、キャロリーヌとオイルレーズンに別れを告げ、中央門の外にある宿屋に立ち寄った。
いつも泊まる部屋に入ったところ、巨体の竜族が寝転がっている。
「やあショコラ、帰っていたのだね」
「お、おう……」
ショコラビスケの声には、珍しく普段の活気が感じられない。
「シラタマジルコさんには、会えなかったのかい。彼女なら、今は東部国境門にいると思うよ」
「知っていますぜ。そこから戻ったばかりでさあ」
「求婚は?」
「ちゃんとできたぜ。けど姐さんには、とっくに婚約した相手がいて……」
「ああそうか、残念だったねえ」
「いやあ、俺は心から祝福したぜ。シラタマの姐さんが幸せになるなら、それこそ最善と思うからなあ。がほほ……」
涙を流しながらも、笑顔を見せるショコラビスケである。
マトンは話題を変えた。三十年間、ずっと大切にしてきた愛剣のイナズマストロガーノが、ラディシュグラッセの唱えた魔法によって粉々にされたことを、悲愴な表情で語った。
「あの魔女族、マトンさんに求婚したのじゃあねえですかい?」
「その話も、今となっては反故だよ」
「つまりマトンさんは、婚約者と愛剣を、一度に失ったのでさあ!」
「求婚に応じていないから、婚約者とは違うけれどね」
「いやあ同じようなものですぜ。この俺さまは愛剣を失っていないのだから、悲しみも少ないはず。そう考えてみれば、気分も楽だぜ!」
ショコラビスケが笑顔を取り戻した。
一方のマトンは、胸の内で「やっぱりショコラは、単純な性格をしているなあ」とつぶやく。
「けどマトンさんよお、剣がないと困りませんかねえ?」
「大いに困るよ。それで新しい剣を作って貰うため、魔獣の骨を探さなければならない。ショコラ、もしもよければ、手伝ってくれないか?」
「おうよ! スティーマビーンズに聞いてみるかな。獣骨加工所で働いていやがるのでさあ」
「それはどこにあるのかな?」
「ヒエイー山麓西街でさあ。今から行きましょうぜ!」
「うん、そうしよう」
二人は、意気揚々と部屋を出る。
宿屋に預けていた愛馬のチェスナトヂューエルにマトンが乗って、国道二号線を南へ向かう。ショコラビスケは、自らの足で追い掛ける。
ヒエイー山麓北門の検問所を通過した後、もう少し進んだところ、獣骨加工所に辿り着く。
チェスナトヂューエルを厩舎に預けた上で建物に入った。ショコラビスケが、近くにいた人族に問い掛ける。
「ここに、スティーマビーンズという奴がいるはずでさあ?」
「スティーマだったら、食堂にいるだろう」
「おう、親切に教えてくれてありがとな。がほほ!」
ショコラビスケとマトンは、加工所に備わっている食堂へ向かう。
「せっかくだから、俺たちも昼飯にしましょうぜ?」
「そうだね」
ショコラビスケが牙猪の骨つき炙り肉、マトンが山羊の肉を使った茹で団子を購入した。スティーマビーンズの姿はすぐ見つかり、一緒に円卓を囲む。
「ところでショコラビスケ、なにをしにきた?」
「マトンさんの用件だぜ。新しい剣を作るのに魔獣の骨が必要だから、この加工所にあるかと思って、確かめにきた訳でさあ」
「お前、知らないのか? 魔獣骨は、魂を擂り減らすのだよ」
「がほっ! そいつは本当かよ!!」
これにはマトンが答える。
「うん。それを承知の上で、魔獣骨剣が欲しいのだよ。なぜなら、僕の精神を鍛え直すのに、最も適しているからねえ」
「事情は分かりました。そういう剣を作るのであれば、魔獣化した灰色熊の上腕骨を使うのがよいと思いますよ。おいらが保管庫へ案内しましょう」
「お代の方は、どのくらいですか?」
「魔獣骨は加工が難しいため、需要が少なく、使わないまま残っています。せいぜい銀貨一枚というところ」
「それは助かります」
三人は食事を終えてから、保管庫に向かった。魔獣化した灰色熊の上腕骨もいくつかあり、その中から格別なのを選ぶ。
マトンとショコラビスケは、皇国の中央に戻った。早速、魔法具の工房へ赴き、入手した骨をホイップサブレーに託す。魔獣骨剣を作って貰うのに、お代は金貨が四百枚、でき上がるまでに十五日が必要だという。