《☆~ 魔獣骨剣 ~》
ローラシア皇国の宮廷門から、キャロリーヌとオイルレーズンが出てきた。二人は、少し離れたところで待つマトンと合流する。
中央通りから狭い枝道へ入り、三分刻ばかり歩いたところ、魔法具の工房に到着した。
やや薄暗い店内には、種々雑多な道具類が、ところ狭しと言わんばかりに並んでおり、揺り椅子の上で、小太りの老婆が静かに揺られていた。オイルレーズンとは五十年より長いつき合いの樹林系統魔女族、ホイップサブレーである。
「やあオイル、くる頃かと思っておったよ」
「相変わらず察しがよいのう。ふぁっはは!」
「お婆さん、こんにちは」
「いらっしゃいキャロルちゃん。それからもう一人、大陸一の剣士として名高いマトン‐ストロガノフ、お主もきたか」
「はい、お久しぶりです。ホイップサブレー女史におかれましては、ご健勝でおられるご様子で、なによりと思います」
マトンは、丁重に挨拶を済ませ、恭しく頭を下げてみせる。
「愛剣の鍛え直しでも、ご依頼でしょうかな。おぽぽ」
「あ、いえその……」
言い淀むマトンに代わって、オイルレーズンが口を開く。
「イナズマストロガーノは、この前、無念にも壊されてしもうた」
「なんと、もったいない! しかし、あのシャロトグラッセは、十五年も前に死んだはず。そうすると、娘の仕業か」
「いいや違う。孫のラディシュじゃわい」
魔女族は、自分あるいは自分と同じ血を引く者が魔法を施した道具を、容易く壊すことができる。ラディシュグラッセが頑丈な剣を粉々にできたのも、そのように特別な能力を有するお陰である。
「つまり、珍しくマトンが姿を見せたのは、新しい剣を求めてか」
「仰せの通りです」
「それで大陸一の剣士さん、今度は、どんな一品を望む。イナズマストロガーノに匹敵する業物を欲するなら、お代は高くつくよ。おぽぽぽ~」
「ホイップサブレー女史、僕には、まだまだ、大陸一と呼ばれるほどの実力があると思っていません。ですから初心に返って、よりいっそう腕を磨くのに役立つ剣が欲しいのです」
この言葉には、キャロリーヌも心を動かされた。
「マトンさんはいつも、殊勝でいらっしゃるのね?」
「剣の道を志す者にとって、欠いてはならない心掛けだよ」
ここへオイルレーズンが口を挟む。
「そういう剣であれば、魔獣の骨を使うのがよかろう」
「えっ、魔獣の骨ですって!?」
驚くキャロリーヌを前にして、ホイップサブレーが説明する。
「魔獣骨には、魂を擂り減らす副作用がある。それを手にした者は、よほど強靭な精神を保っておらなければ、戦う相手を倒すよりも前に、自らの剣に打ち負かされてしまうのよ」
「まあ、おそろしいこと!!」
再び、オイルレーズンが口を開く。
「じゃからこそ、魔獣骨剣であれば、精神を鍛えるのに役立つ。初心に返ったマトンには、ふさわしい魔法具じゃわい」
「是非それを、この僕にお与え下さい!」
マトンが目を輝かせながら、深々と頭を下げた。
一方、ホイップサブレーが神妙な表情で話す。
「生憎、ここに魔獣の骨がない。手に入れてくれば、仕事を受けてもよい。どうだろうかな、マトンちゃん」
「必ずや見つけてきましょう!」
「もう一つ、言っておく必要があったな」
「なんでしょう?」
「魔獣骨というのは扱いが極めて難しく、加工に手間が掛かる。だから、それだけお代も高くつくよ。おぽぽ」
「なんとかします……」
「いつもながらホイップは、ちゃっかりしておるわい」
「商売ですからなあ。おぽぽぽ~」
次は、オイルレーズンの用件である。
「キャロルや、試作品の死鏡を返すがよい」
「分かりましたわ」
キャロリーヌは、胴着内の死鏡を取り出し、ホイップサブレーに手渡す。
横からオイルレーズンが問う。
「完成品になるのは、いつ頃じゃろうか?」
「十日くらい先かな」
「ふむ。よろしく頼む」
「承知した。ところでオイル、パンゲア地下牢獄は存在したのだな」
「御布令之書を見たかのう? あれに書かれた通りじゃよ」
「おぽぽ。本当に酷い話だよ……」
皇国宮廷は昨日、「パンゲア帝国へ赴く者は、地下牢獄へ追いやられて粉挽き労働に就かされる危険が高いので、くれぐれも気をつけるように」という注意喚起を出した。
これまで闇に包まれていた真相は、街から街へと広まり、やがて大陸の至るところで、パンゲア地下牢獄が明るみになる。帝国には、厳しい非難の声が向けられるに違いない。




