《☆~ 祝いの言葉(二) ~》
スティーマビーンズが、少しばかり躊躇いながら口を開く。
「おいらは、お前のことが大嫌いで、どうしようもなく憎んでいたけど、今となっては、その滑稽な顔を、ずっと見ていても飽きがこないと思える」
「顔がどうのとかってえのは、勘弁してくれねえか?」
「気にしなくていいよ」
「いやあ、俺の方は気になるぜ!」
「えへへへ」
この二人は以前、ちょっとした諍いから大喧嘩となって長く険悪だった。鷹揚な性格のショコラビスケは、さほど深刻に考えていなかったけれど、スティーマビーンズの方は、いつも立腹していた。そんな積年の怒りも、水鏡という魔法の副作用が功を奏し、今ではすっかり消えている。
三分刻ばかり歩いて、シラタマジルコの実家に到着した。街にあるような邸宅と違い、呼び鈴など気の利いた道具は備わっていない。
「ごめん下せえーっ!!」
ショコラビスケが遠慮なく、自慢の大声を放ったところ、建物の中から、顎髭を長く伸ばした人族が姿を現す。
「やかましいぞ、竜族の若造が! 一体なんの用だな?」
「いやあ、シラタマの姐さんがいるか、確かめにきただけでさあ」
「姐さんとな?」
「俺の昔馴染み、シラタマジルコという美しい竜族だ!」
「ははあ、ここの娘か。あの子なら間違いなくいたが、三日前に、ローラシア皇国へ向かったよ」
「がほほ……」
ショコラビスケは肩を落とす。
「お目当ての子に会えず、残念だったな」
「おうよ。ところで、爺さんの方こそ、なんの用でさあ?」
「儂は、医療学者のアカシャコ‐ラブスタだ。辺境の地で暮らす老人たちを訪問して回り、健康と食事について、相談を受けたり助言を差し上げたりしながら、医療の研究を続けとる」
「がほほ、そうでしたか」
「立派なお方ですね」
二人は、相手が少なからず偉い人族だと知って、思わず頭を下げた。
そんな竜族たちを前にして、アカシャコが率直に尋ねる。
「お前さんら、名前と職業は?」
「申し遅れましたぜ。俺の名はショコラビスケ、新進気鋭の探索者だ!」
「おいらはスティーマビーンズ、ヒエイー山麓西街にある獣骨加工所で、コツコツ働いています。えへへへ」
「左様か。それで二人とも、これからどうするつもりだな?」
「もちろん俺は、今すぐローラシア皇国へ帰るぜ! なにしろ、シラタマの姐さんに、一分刻でも早く、大切な告白をしたいからなあ。がっほほほ!」
「おいらは、獣骨加工所に戻って、また明日から仕事だよ」
「それなら儂と一緒に行くかな?」
「おうおう、そいつは楽しそうだぜ!」
「是非、そう致しましょう」
こうして、アカシャコがお馬を駆り、その横を二人の竜族が並走するという、少しばかり奇妙な旅が始まった。
道中、三人が話題にしたのはパンゲア地下牢獄のこと。アカシャコは、俄かに信じられないと思うけれど、実際に赴いた当の本人であるショコラビスケが話すのだから、疑う余地もなかった。
ヒエイー山麓西街でスティーマビーンズと別れを告げた後も、アカシャコとショコラビスケの旅は続き、ローラシア皇国の中央門に到着した。
「爺さん、元気でな!」
「ああ、お前さんも達者でな」
アカシャコは、真っすぐに検問所へ向かう。
一方のショコラビスケは、「シラタマジルコが護衛官となって、東部国境門での任務に就いている」という情報を得た。
休む間も惜しむかのように出立し、念願の瞬間を迎える。
「おうおうシラタマの姐さん、やっと会えたぜ!」
「ショコラビスケ、一分刻でも早く、あたいの気持ちを伝えたかった。よくぞ魔石を粉砕し、多くの竜族兵を救ってくれたものだ。どうもありがとう!」
「いやあ、俺はただ、約束を果たしたに過ぎないぜ。がほほ!」
「もう一つ知らせたい慶事がある。あたいは、近いうちに結婚する。パンゲア衛兵団員だった奴で、三年前から交際しているチコリペスカトーレが相手だ」
「がほ!?」
胸の内で、芍薬の白い花が落ちたように感じる。
「祝いの言葉を、述べてくれないのか?」
「お、おめでとう!」
不意に涙が溢れ落ちそうになるけれど、懸命に耐え、全身全霊で笑顔を見せ続けるショコラビスケであった。