《☆~ 護衛官軍の部隊 ~》
張り詰めた雰囲気の漂う中、ラディシュグラッセが口を開く。
「死鏡という魔法具を、お持ちなのよねえ?」
「ええ、仰せの通りですわ」
キャロリーヌが胴着内の代物を取り出し、ラディシュグラッセに見せる。
「だったら、それを遠くへ投げ捨てなさい」
「あら、どうしてかしら?」
少し離れたところで、マトンが叫ぶ。
「キャロル、それを手放してはいけないよ!」
「おいこら剣士殿、動くなと言っただろ」
背後からジャンバラヤ氏が、鎖鎌を握る手に力を加えて威嚇した。
マトンは、落ち着いた口調で反論する。
「僕は少しも動いていないよ?」
「いいや、口が動いた!」
「……」
マトンは閉口せざるを得ない。
その一方で、ジャンバラヤ氏が大声を放つ。
「おいラムシュレーズン、姉さんの命令に従わないと、大切な愛剣を失ってしまった哀れな剣士殿が、もっと大切な命まで失うことになるぞ! そうなって欲しくなければ、言われた通り、さっさと死鏡を投げ捨てろ!」
この時、地面に倒れているオイルレーズンが、すっと立ち上がった。
ラディシュグラッセは、驚愕の気色を隠し切れない。
「えっ、オイルレーズン女史、気を失っていらしたのでは!?」
「刻短の効果じゃよ」
「いつの間に、そんな魔法を??」
「一瞬にのう。ふぁっははは!」
先ほどラディシュグラッセが強烈雷光痺を施す際、オイルレーズンも、密かに「刻削減」と詠唱していた。それで気絶が短縮されるという訳だった。
キャロリーヌが駆け寄ってくる。
「一等栄養官さま、ご無事でなによりでした」
「ふむ。ところでキャロルや、死鏡を、どうするつもりかのう?」
「遠くへ投げ捨てるようにと、ラディシュグラッセさんから命じられました」
「ならば、力を込めて投げるがよい。アンドゥイユにぶつけるのじゃよ」
「分かりましたわ」
キャロリーヌは、勢いよく死鏡を投げる。
「おわっ、危ない!! なにをするのだ!」
ジャンバラヤ氏は、急ぎ退避する。
この瞬間にマトンが素早く動き、鎖鎌の刃から遠ざかった。そればかりか、山賊の一人から長槍を奪い取り、その鋭い先端をジャンバラヤ氏に向ける。
「鎖鎌殿、動いたらいけないよ」
「うっ、しまった!」
顔を歪めて悔しがるジャンバラヤ氏である。そんな彼を助けるために、山賊たちが駆け寄って、マトンを捕らえようとする。
しかしながら、ここへ突進する巨体の姿があった。
「わあっ!」
「うげぇ!」
「あがっ!」
山賊たちが、次々に突き飛ばされる。
彼らに身体を激突させたのは、軍服姿の逞しい竜族女性だった。
「あら、シラタマジルコさん!?」
「キャロリーヌさん、オイルレーズン女史、お美しいお顔のマトンさま、窮地からお救いするため、まかり越しました! そして、見事に魔石の粉砕を成し遂げて下さったこと、感謝を申し上げましてございます!!」
この光景を目の当たりにしたアニョンは、飛竜の背中に乗って逃亡を謀ろうとするけれど、ローラシア皇国からきた護衛官軍の部隊に捕縛される。
ジャンバラヤ氏とラディシュグラッセも、抵抗をやめにして、大人しく縄で縛られた。
部隊を指揮している二等護衛官のウィート‐チャプスティクスが、オイルレーズンに問う。
「一等栄養官さま、この者たちの処遇、いかように致しましょう?」
「皇国宮廷へ連行し、入念に取り調べるがよい。あたしらを襲撃した目的がなんであるか、洗いざらい話させるのじゃよ」
「了解しました!」
ウィートは頭を深く下げる。
オイルレーズンの視線が、シラタマジルコに向けられた。この竜族は、蒼色の軍服を着ており、肩章は白地で、薄茶の横線の上に駱駝色の星が描かれている。
「四等護衛官になったのじゃな」
「はい、仰る通りです」
「ショコラとは、会っておらぬのか?」
「会いませんでした」
「ふむ。行き違いと、なってしもうたか……」
「五日前、あたいはパンゲア帝国から逃れて、まずは故郷の村に帰り、この元気な姿を両親に見せました。それから、一分刻をも惜しむかのように、ローラシア皇国へ赴き、護衛官軍に加わった次第です」
「祝着じゃわい。ふぁっははは!」
「おめでとうございます、シラタマジルコさん」
キャロリーヌたちは、嬉しそうに笑い合うのだった。




