《★~ シェドソーメンとの密談 ~》
キャロリーヌたちが製麺工房で夕餉を済ませ、食卓に出された小麦の焙煎茶を飲んでいるところ、突如、マトンが申し出る。
「首領、一等官馬車を、お借りしたいのですけれど」
「構わぬが、どうするつもりかのう?」
「せっかくの機会ですから、この地域の現状を、もう少しばかり観察しておきたいのです。半刻のうちには戻りますので、その間、オイルレーズン女史とキャロルは、シェドソーメンさんを相手に、ゆるりと世間話でもなさっていて下さい」
「そうするとしよう。不測の事態に備え、シルキーを連れてゆくがよい」
「承知しました。では早速、行って参ります」
マトンが席を立ったところ、ラディシュグラッセが同行を願い出て、それで、いつものようにジャンバラヤ氏も一緒に行こうとする。
彼ら三人とシルキーが外へ出るのを見届けた後、オイルレーズンは、目を鋭く光らせながら、シェドソーメンに小声で話す。
「シェドさんや、折り入って、内密の相談があってな、他に誰の目も耳もないようなところがよいのじゃけれど、ふさわしい場所はないかのう?」
「そうしましたら、占い小屋へ行きましょう。さあ、こちらへどうぞ」
「ふむ。キャロルや、向かうとしよう」
「はい」
三人は、製麺工房の奥にある扉から外に出た。
シェドソーメンが昼間だけ営む占い小屋は、すぐ近くにあり、中で密談が始まる。
「あたしらが、真っすぐ東部国境門を目指さず、わざわざ回り道をしてメン自治区の中央にまで足を運び、ここに立ち寄ったのは、地域の現状を観察したり、住人から話を聞いたりするためだけでなく、もう一つ重要な目的があってな」
「あら、どのような目的でございますの?」
「まずは、パンゲア帝国軍がメン自治区に侵攻してきた事変を秘密の伝書で知らせてくれたシェドさんの働きに対し、あたしがローラシア皇国を代表して感謝の言葉を伝えたい。それに加えて、今後も各地の治安を共同で守ってゆきたいと申し出るためじゃよ。考えてくれぬかのう?」
シェドソーメンは、最後まで耳を傾けた上で、おもむろに口を開く。
「貴国と協力体制を築いて参りますには、取引が大切と思いますの」
「ほほう、それは一体、どのようなことじゃろうか?」
オイルレーズンは率直に尋ねた。
対するシェドソーメンは、淡々と切り出す。
「いえその、なにも難しいお話ではございませんの。極細乾麺を購入して貰いたいだけですから」
「どのくらい、買い取ればよいのじゃろうか?」
「七日周期ごとに、二十四束入りの品を百箱では、いかがでしょう」
極細乾麺は二束で一食分の目安なので、七日間で一千二百食になるけれど、オイルレーズンは、少しも迷わないで返答する。
「応じるとするかのう」
「それでは、森林の日ごとに、お届け致しましょう。お代は、品をお渡しする際に、頂戴することとなっておりますの」
「ふむ。これで取引は成立じゃな。ふぁっははは!」
「仰せの通りです。ありがとうございます。ほほっ」
うまい具合に話が纏まったので、キャロリーヌとオイルレーズンは、占い小屋を後にして、通りでマトンたちが戻るのを待つ。
空に日の光の星は見えず、辺りは暗くなってきており、虫の発する音が耳に届き始めた。
「すっかり、夜の帳が下りますわね」
「そうじゃのう。今晩は東部国境門まで進み、近くの宿屋に泊まるとしよう」
「分かりましたわ。ところで一等栄養官さま、百箱なんて沢山、極細乾麺を食べ切れますかしら?」
キャロリーヌが、先ほどから疑問に思っていることを尋ねた。
「あたしらで全部を食すつもりはないわい。宮廷の食堂に、麺類でも加えればよいと、以前から考えておったのでな、そのために活用できるじゃろう」
「あらまあ、そういうお考えでしたのね。実は、麺麭と野菜汁の他に、なにか品があればと思うことは、あたくしにもありましてよ。うふふふ」
他愛のない会話をしているところ、一等官馬車が戻ってきた。
キャロリーヌたちも急ぎ乗り込み、東部国境門に向けて出立する。




