《☆~ 老魔女の娘に起きた悲劇(二) ~》
ドライドレーズンは山を越えようとしていた。パンゲア帝国の南西に位置するアタゴーという名の山だ。これがローラシア皇国との境界になっている。
身重の彼女は弱り切り、とても困り果てていたけれど、丁度この時、グリル‐メルフィルの一行と遭遇したのである。
当時のグリルは二等調理官で、ローラシア皇国宮廷の料理に使う食材を調達する役目の責任者として勤めていた。部下の三等調理官および数人の護衛官と医療官を引き連れ、キノコ採りにきているのだった。
グリルは、苦しそうに自らのお腹を擦っているドライドレーズンを発見し、優しく声を掛ける。
「そなた、どうかしたのかな?」
「う、生まれそうなのです!」
「生まれるだと!?」
「はいっ! 子が、もうすぐ子が生まれそうなのですぅー!」
ドライドレーズンは産気づいているのだった。
しかしながら男のグリルには、なす術がない。
それでも幸いにして、スノウピー‐チャプスティクスという名の三等調理官は三児の母であり、医療官の中にも助産経験のある女性がいたお陰で、ドライドレーズンは無事に出産した。
ところが、第二王妃を追ってきたパンゲア帝国の衛兵たちが、この場に辿り着くのである。
スノウピーたちは急ぎ、生まれたばかりの赤ん坊を隠そうとしたけれど、ほんの僅かな差で、それが間に合わなかった。
「その魔女と生まれた子を、こちらに渡せ!」
衛兵の長官が叫んできた。
これに対し、グリルは黙っていなかった。
「弱い者を苦しめるものでない! それでもキミたちは、武勲の誉れ高いパンゲア帝国の衛兵であるのかっ!!」
「や、やかましいわぁ! ローラシア皇国の下僕めが!」
「ふん、落ちぶれたものだなあ、パンゲアの衛兵ども」
「黙れ! さっさと魔女どもを引き渡せ! これは第一王妃の厳命である。逆らうのなら、国家間の大問題となるのだぞぉ!」
突如、ドライドレーズンが最後の力をふり絞り、声高に訴え掛ける。
「愚かな衛兵たちよ、しかと聞きな! たった今、あたしが産んだ女子の本当の父親は、パンゲア帝国王ではなく、竜族であるぞ。もしもその子に、指一本でも触れたなら、お前たちは皆、不治の竜魔痴を患うこととなる。それでよければ、どこへでも連れてゆくがよい! はあーはっはははー!」
ドライドレーズンは、このように大声で笑った。
それに続け、断末魔の叫びを上げる。
「うっがあーっ!!」
こうしてオイルレーズンの娘は果てた。
衛兵たちは、魔女の亡骸だけを運び、その場を去ることにした。生まれた子には触れようとしなかった。竜魔の呪いに怯えたのである。
この悲劇を聞いたキャロリーヌは、まるで自分の身の上に起きたことであるかのように、涙を落とすのだった。
一頻り泣いた後、オイルレーズンに尋ねる。
「そうしますと、ドライドレーズンさんの赤ちゃんは竜魔女なの?」
「いいや違う。あたしの娘が産んだ子の父親は正真正銘に、紛れもなく人族の王、バゲット三世じゃったからのう」
つまり、ドライドレーズンは衛兵たちを騙したのである。
咄嗟に思いついた機転によって、オイルレーズンの孫は、その命を救われたということ。
「ふぁっはははぁ! ふぁーっ、はっはっはぁ!」
「あらあら、お婆さん、そんなに大声で笑うと、また顎が痛くなりますわ」
「いいや大事ない。白竜髄塩のお陰で、顎の調子がよくなっておるのじゃ」
「えっ、顎の調子が、よくなるのですか!?」
「ふむ。十日くらいは平気じゃよ」
「まあ、そうなのですか!?」
「そうじゃとも、ふぁっははは!」
オイルレーズンは、多くの老人が悩んでいるような数々の痛みには縁がないはずのキャロリーヌに、白竜髄塩の効能について、詳しく語って聞かせた。
その幻の調味料には、料理を最上の味にするだけでなく、関節痛や神経痛などの症状に対して、大変よく効くという。
この話を聞いたキャロリーヌは、もっと早く、あの調味料を得ることができればよかったのにと、悔やまれた。竜魔痴で苦しむ父、グリルに一口だけでも、白竜髄塩を使った真雁の煮込みを食べさせてあげたかったと思うのだった。




