《★~ 替え玉の正体 ~》
話を聞いて、帝国内の現状を把握できたけれど、オイルレーズンの胸の内には、まだ少しばかり疑問が残っており、それについて尋ねる。
「ミルクドは、固く忠誠を誓っておったのに、命の危険を冒してまで、造反行為に及んだのは、どうしてかのう?」
「以前の私は、ベイクドアラスカさまが帝国女王の母として専制君主とおなりになることを、心から喜んでおりましたものです。しかし、あのお方さまが、大陸全土を征服しようという、おそろしい野望をお持ちになっていると知り、気持ちが移ろいでしまったのです。他国へ攻め込むなんて、きっと逆に、パンゲア帝国が滅びてしまうでしょうから……」
「ふむ。やはりベイクドは、そのように、邪悪な企てを謀っておったか」
オイルレーズンは、ようやく得心できた。
一方、今度はミルクドが、ピーツァに問い掛ける。
「第七月の二日目と記憶しておりますけれど、その頃、帝国王室の食客でいらしたあなたは、ローラシア皇国から譲られてきたお馬が、本物のファルキリーであるかどうか、お確かめになりましたね?」
「がおっす!」
ピーツァは、正確な日数を覚えていないけれど、一ヶ月ほど前、真夜中に、第二女官のアニョン‐ピュアレイに頼まれ、白馬の真贋を見定めた。直後、地下牢獄へ追いやられるという、忘れてはならない屈辱の事件である。
「もう一度、それを確認して頂きたいのです」
「がおす??」
「ミルクドよ、どういう経緯じゃろうか」
「実は、その白馬を連れてきているのです」
大胆にもミルクドは、帝国女王馬の武装乙女号を駆って、この辺境の地まで逃れてきたという。
「近くの宿屋に預けています」
「よいじゃろう。キャロルや、出掛けるとするかのう?」
「はい!」
こうしてキャロリーヌたちは、キャビヂグラッセの邸宅を後にする。
ラディシュグラッセがマトンを慕って同行するので、姉が心配なジャンバラヤ氏もついてくる。
宿屋の厩舎には、四頭のお馬がいて、そのうち一頭だけ白毛である。
ミルクドが率直に問う。
「どうでしょうか?」
「こんがは、ファルキリーでねえがおす」
キッパリと答えてのけるピーツァだった。
オイルレーズンが説明する。
「ローラシア皇国が帝国に進呈した白馬は、別のファルキリーじゃった」
「がおす??」
「つまり、バゲット三世王が皇国を訪問して見物したファルキリーとは異なる牝馬をファルキリーと名づけ、水鏡という魔法を掛けた上で、帝国へ贈ったという訳じゃよ」
「そのような方策でしたか。私どもはすっかり、ローラシア皇国に騙されました」
「あたしらも帝国に謀られたわい。替え玉のバゲット三世を、宮廷に迎えさせられたのじゃからな。足を骨折したというのも、演技であろう?」
「まさに、すべてがピーツァさんの働きでした」
これで、替え玉の正体が判明した。
深く頭を下げるミルクドに、オイルレーズンが問う。
「バゲット三世は、他界しておるのじゃな?」
「今も伏せておりますけれど、仰せの通り、身罷りになっておられます……」
「ふむ。そこまで話すからには、帝国へ帰る気なぞ、砂粒の大きさすらも残っておらぬはず。この先、どうするつもりかのう?」
「帝国王室の横暴を、大陸中に知らしめたいと思います。まずはパンゲア地下牢獄の存在を、明るみにしたいのです。ご協力を願えますでしょうか?」
「もちろん、一向に構わぬよ。相当な覚悟をしておるようじゃから、あたしらにとっては、心強いことこの上ないわい。ふぁっははは!」
「ありがとうございます」
突如、立派な白頭鷲が舞い下って、オイルレーズンの肩に乗る。
「おおシルキー、ご苦労じゃった。宮廷から伝書を運んでくれたのじゃな」
「きゅい!」
この利口な使い鷲は、魔石粉砕の成功をシラタマジルコに知らせるだけでなく、いくつかの国境門へ伝達する役目も担っていた。パンゲア帝国から逃れてくる竜族兵たちが円滑に通過できたのも、任務を遂行したお陰である。
それから彼は、ローラシア皇国の中央へ向かい、キャロリーヌたちが地上に帰還する今日を待って、この地に飛んできた。すべて予定通り、忠実な働きをしてくれたと言えよう。




