《★~ 第一女官の造反行為 ~》
かつてパンゲア帝国王室の後宮において、ラディシュグラッセは、バゲット三世の第四王妃という高貴な身分にあった。その地位にあるお陰で、働かずとも一つの不自由すらなく、優雅に暮らせていたもの。
しかしながら、今から三年と七ヶ月ばかり前のこと、第三王妃のベイクドアラスカが、後宮を牛耳るために巡らした策謀によって、日の光が届かない地下牢獄へ追いやられてしまうという、いわゆる「憂き目」に遭う。その際、地下へ向かう道案内を務めるのは、他でもなくミルクドだった。それで、この第一女官に少なからず悪い感情を抱いており、本当に恨むべき相手ではないと承知しながらも、つい嫌味の一つも言いたい。
「不嫁後家のミルクドクロケットさん、今なお、お独りの身空ですか?」
「その通りにございます」
「うっふふふ。ずいぶんと、お老けになった様子ね」
「はい。魔女年齢では、もう二百十五歳になりますし……」
辛そうな顔を見せるミルクドである。
そんな彼女を睨みつけながら、ラディシュグラッセが追い打ちの酷い言葉を考えているうちに、自分の家に到着する。
この邸宅で出迎えるキャビヂグラッセは、長い間ずっと離れ離れになっていた娘との再会を、大いに喜ぶのだった。その逆に、オイルレーズンに対して、「老いぼれ耄碌のオイル婆さん、ここは宿屋じゃないのだからね。多勢で押し寄せるなんて、まったく迷惑の極みだよ」と悪態の文句を口にする。そうして、一行を広間に通し、毒消し十薬草の熱いお茶を準備してくれた。
たいていの飲食物を嬉しがるショコラビスケが、珍しく苦言を呈する。
「この強烈な風味は苦手だぜ」
「嫌いならば、無理をして飲まずともよい」
「がっほほ~」
毒消し十薬草のお茶は、健康によいとして知られているけれど、お世辞にも美味とは言えない代物である。
独特の香りが漂う中、ミルクドが、とても深刻そうな表情をして、自らの働いた造反行為を告白する。
「五日前の早朝、地下宝物庫の保全部隊で隊長の任にある者が、地下に紛れ込んでしまっている白頭鷲を地上へ戻してよいかどうか、部下の衛兵から判断を仰がれた旨を、申し送りしてきたのです。それは、女官の一存で決めてはならない案件でありながら、私は独断で、《鳥の一羽くらいなら構いません》というように返答しました。これが、私のなしている、帝国に対する謀反の発端となります」
「ふむ」
ここにラディシュグラッセが口を挟んでくる。
「あなた、帝国王室の者に捕らえられると、首を跳ねられますわ」
「はい。重重承知の上です」
「それなら、せいぜい、その首を洗っておくことね。うふふふ」
マトンが黙って聞きながら、胸の内では、「この魔女族は、母親に似て、つくづく意地の悪い台詞を口にするね。できれば、妻にしたくないものだ」とつぶやかざるを得ない。
兎も角、ミルクドによる造反行為のあったお陰で、シルキーが速やかに地上へ出られた。そして、魔石の破壊から半刻のうちに、その成功を知らせる伝書がシラタマジルコの元に届いた。
オイルレーズンが二杯目の毒消し十薬草茶を飲み干し、ミルクドに向けて、感謝の思いを伝える。
「礼を言うとしよう。実によい働きを、してくれたものじゃよ」
「いえ、私はただ、可哀想な一羽の鷲を、救ったに過ぎませんから……」
謙遜の態度を示すミルクドに、今度は、キャロリーヌが優しく話し掛ける。
「あたくしたちが、竜族兵の方々をお救いするための作戦を遂行するに当たり、この上もなく好都合な状況を招いて下さいましたのよ。ですから、あたくしも深い感謝の言葉を、あなたに、お差し上げしますわ」
「いえいえ、滅相もありません!」
ミルクドは頭を下げ、大粒の涙を落とす。それから、パンゲア帝国で起きている事態について話す。
「第七月の二十四日目から今日に至るまで、大動乱が続いています」
「多くの竜族兵らが、逃亡しておるのじゃな?」
「仰せの通りです」
パンゲア帝国軍には二万もの竜族がいるけれど、その半数近くが、国外へ脱出したという。これは、キャロリーヌたちの作戦が成功を収めた証である。