《☆~ 希望の石 ~》
五つ刻半、パンゲア地下牢獄中央大広場の中心、土塁の上に、オクラ氏とフォンデュ氏が姿を見せる。
式典の開催まで刻が短く、民生事務所からの知らせが遠くまで伝わらなかったものの、広場の半分くらいが埋まっている。
キャロリーヌたちは、獣族の槍部隊に護衛されて、土塁の下に陣取った。ラディシュグラッセも参列している。
「お集まりの皆さん、昨日に引き続き、この私、ニシメ‐オクラの言葉に、耳を傾けて下さい」
このようにして、オクラ氏の演説が始まり、魔石を破壊する経緯について、詳しく伝えられる。
参列者たちは忍耐強く耳を傾けた。幸いなことに今日は、泥の玉を投げつけたりする不敬な輩もおらず、穏やかな雰囲気の中で式典が進む。
料理屋を営むマトン‐ザクースカが「説明好きの女」と称していた通り、オクラ氏は、嬉々とした表情で話し続け、いよいよ最後の言葉を投げ掛ける。
「長老の権威である魔石が破壊された場合、私たちは、大賢者の最上級宝石を得ることができます。それはパンゲア地下牢獄で暮らしている、あらゆる住人にとって、希望の石となるに違いありません」
オクラ氏に代わり、フォンデュ氏が前へ出て話す。
「この巾着の中に、二つの魔石が入っています。今から、キャロリーヌ‐メルフィルという名の美しいお嬢さんに一つ選んで貰い、それを、腕力の凄く強いショコラビスケさんに破壊して頂きます。お二人さま、早速、お願い致します」
「はい!」
「おうよ!」
キャロリーヌとショコラビスケが威勢よく返事をした上で、土塁の上に立つ。
「それでは選んで下さい」
フォンデュ氏が、巾着をキャロリーヌに差し向ける。
「分かりましたわ」
キャロリーヌが魔石を一つ、迷わずに取り出す。フォンデュ氏が受け取り、高く掲げてみせてから、ショコラビスケに手渡す。
「それを破壊して下さい」
「おうおう! 待ちに待った、この瞬間だぜ! がっほーっ!!」
ショコラビスケが大きな掛け声を発し、左手の掌に載せた魔石に、上から右手の拳を勢いよく叩きつける。
すると激しい音が鳴り、黒い石は粉々に砕け散る。
「お見事!」
フォンデュ氏が歓声を上げた。それに加えて、キャロリーヌとショコラビスケ、および参列者たちが拍手を始める。
しかしながら、背後からオクラ氏が口を挟む。
「喜ぶのは、まだ早いですよ。皆さんの胸の内で、長老を崇める気持ちが、今なお残る方がいますか? もしもいるなら、直ちに挙手して下さい」
オクラ氏が土塁の上から、参列者たちを見回すけれど、誰一人として、手を挙げるような者はいない。
「やはり、皆さんと同じですね。この私、ニシメ‐オクラの胸の内でも、長老であるクッパプさんを崇める気持ちが、露のように消えました」
「あらまあ、あたくしが選んだのは、権威の魔石でしたのね……」
「そのようです。約束していた通り、大賢者の最上級宝石を、こちらへ譲り渡して頂きます。その替わり、もう一つの魔石をお返しします」
土塁の下で、オイルレーズンが応じる。
「ふむ、仕方あるまい。パースリや、渡すがよい」
「分かりました」
パースリが土塁に上がり、オクラ氏に賢者の石を手渡す。
フォンデュ氏が巾着を差し出し、パースリが受け取って下に戻る。
「あたしらは行くとしよう」
「はい」
「へいへい」
キャロリーヌとショコラビスケも土塁から下りた。式典はまだ続くけれど、一行は、急ぎ中央大市場へ足を運ぶ。
オイルレーズンが牛の卸問屋に赴いて、衛兵に問い掛ける。
「白頭鷲を地上へ戻す許可は、得られたじゃろうか?」
「ああ、鳥の一羽くらいなら構わないそうだ。よかったなあ」
「本当にのう。ふぁっははは!」
「それで、可哀想な鷲はどこにいるのだ」
「連れてくるとしよう」
オイルレーズンは、キャロリーヌたちの待つ場所に戻って、まずはショコラビスケに指示を出し、もう一つの魔石を破壊させる。その次に、用意してあった伝書をシルキーの脚に結びつけ、「透き通る」という魔法を掛ける。これでしばらくの間、伝書は誰の目にも入らない。
シルキーは、衛兵に託され、すぐ地上へ出られる。シラタマジルコのところへ飛ぶのである。
マトンがオイルレーズンに尋ねる。
「キャロルが選んだのは、本当に権威の魔石だったのでしょうか?」
「それは分からぬわい」
キャロリーヌたちには、まだ帰路の旅がある。五日間に必要なだけの水を買い込み、アラビアーナの地下迷宮へ向かう。
賢者の石を手放すことになったけれど、兎も角、魔石粉砕作戦は一段落になったと言えよう。




